2話 殺気は嫌だ。純白がいい。

 全校集会が終わり俺たちは教室へ向かっていた。


 生徒たちの喧騒を聞きながら先ほどのことを考えていると、どこからか視線を感じる。すぐに早坂さんが右横から顔を覗かせ俺に話しかけてきた。


「ねぇねぇ、蓮くんも宝生さんみたいな人がタイプなの?」

「んー」


 確かに綺麗だ。容姿だけじゃない、成績は毎期学年1位、スポーツは何でもそつなくこなすという。おまけに人望があるときたら世の男性は放っておかないだろう。


 でも俺は違う。


「完璧すぎて怖いな。俺はもっと普通の人がいい」


 彼女の名前を聞くと、おっかない女総長がセットで脳裏に浮かぶしからね・・・

俺の発言が意外だったのか早坂さんは目を見開き、あどけない笑みを浮かべる。


「へー、じゃあ私ぴったりじゃん!」

「なっっ」

「私って絵に描いたようなごく普通の高校生って感じじゃん?」

「ど、どうかな」


 反応に困る。というか普通の高校生ではないだろ。


 普通の高校生ってのは俺のためにあるような言葉だ。


 早坂さんは宝生さんとは違った、また別の輝きを放っていると思う。


 例えるなら宝生さんが港区のタワーマンションから眺めるギラギラした夜景で、

早坂さんは阿智村から見上げる満天の星空だ。

んー、我ながら分かりにくい例えになってしまった。


「で、どうなの?」

「ふ、普通ではないと思うよー。うん」

「じゃあ綺麗?可愛い?ってこと?」


 いけない、墓穴を掘ってしまった。

彼女は俺から何を聞き出したいんだ・・・・・・


 そういう発言は世の男性を勘違いさせるので安易に使わないで頂きたい。


「う、うん!なんかこう華やかだなーって」


 とりあえず当たり障りのないことを言っておく。

そして俺は話題を変えるべくすぐに続けた。


「そういえば宝生さんって地方出身だったりする?」

「宝生さんの話!?普通の子がいいとか言って結局宝生さんがタイプかー」


 彼女は頬を膨らませながら言う。いいや、違うんだけどね。

話題変えたかったし宝生さんが地元の総長と同一人物なのか気になるし・・・


「んー、あの人結構謎が多いんだよねー。出身中学とか謎だし。でも田舎出身っていう説はあるよー。入学当初はたまに東北弁出てたみたいだし。テニス部の先輩が言ってた」


 早坂さんは不満そうにしながらも丁寧に答えてくれた。東北弁・・・・・・


 それが本当だとしたら俺の地元も含まれる。


 まさか・・・・・・


「あ、あのさ、宝生さんって」


・・・・・・


 吐きかけた言葉はスッと腹の中へと戻っていった。

物凄い視線を、いいや、殺気のようなものを感じたからだ。


 数分前に感じていた視線は早坂さんのものではなかったのか。


 じゃあ誰が・・・・・・


 俺が周りを見渡すと早坂さんは怪訝な目を向ける。


「今何か言いかけなかった?というかどうしたの?キョロキョロして」

「い、いや、何でも」

「変なのー」


 早坂さんは特に気にしない様子で俺から正面の方へと首を戻した。

俺もそれにならい四方八方動かした視線を進行方向へと戻し、静かに教室へ向かった。



       




 翌日、とうとう俺は東明高校の名物である食堂で優雅にランチタイムを過ごすことができた。俺は人気メニューの生姜焼き定食を注文。


 オリジナルというよりかは基本に沿った味付けで、玉ねぎの甘みと程よいしょうがの風味が絶妙なバランスだ。食べ盛りの学生を考慮してか豚のロースは大きめにカットされており350円とは思えないほどのボリュームだ。


 故郷を思い出すような安心感のある漬物と味噌汁も最高の脇役っぷりをみせる。

これは美味い。人気メニューに上がるだけある。


 心の中で東明食堂をべた褒めしているとあっという間に最後の一口を口にしていた。


 今年中にメニューを制覇しようと決意し、俺はお盆を両手で持ち、返却棚へと向かった。


その時・・・・・・


「あっ」


 耳を刺激するような可愛らしい声と共にシャンプーの良い香りが鼻腔をくすぐる。


 匂いの方へと目を向けると、少しばかり赤みがかった黒髪のポニーテールが顔をのぞかせた。色白の肌とスラっとした背丈は集会で見た”あの人”を彷彿させる。


そして何よりも光り輝く純白のブラジャー・・・・・・


ん?純白のブラジャー?俺が状況を整理し終えた時にはもう遅かった。

食堂内で大きな悲鳴が響き渡る。



        




「あー、冷たい冷たい」

「ご、ごめんなさい、ぼーっとしてて」


 まるで命乞いをするかのように俺は頭を下げた。


 女性にぶつかり制服に水をかけてしまったのだ。


 これだけでも大ごとなのに相手は先輩だ。東明高校は1年生の靴には青色の線が、2年生には黄色、そして3年生には緑色の線が引かれている。


 この人の靴は緑色、つまり3年生だ。


 よりによって3年生・・・・・・


 よりにもよって胸・・・・・・


 どうしてこうも俺は引きが悪いのか。

そんなことを考えていると純白ブラジャーさんは、もといポニーテールの彼女が口を開いた。


「私の方こそごめんね。ってか突っ込んじゃったのは私だから気にしないで」


 胸部にタオルを当てながら続ける。


「こういうハプニングが起こるのも何かの縁だよね。何百人という男子の中でぶつかったのが君なんだから」


 この人はおかしなことを言う。

これを縁と言っちゃうあたりどれだけポジティブ思考なのだろうか。


 俺はどちらかというとネガティブだから少しは見習った方がいいかもしれない。


「良かったんですかね?その相手が俺で」

「良かったか悪かったかはこれから証明していけばいいよ」


 人差し指をゆらゆらさせるしぐさは幼いが、対照的に彼女が浮かべた微笑は大人っぽく見える。言動といい雰囲気といいやはりおかしな人だ。


 そんなことを考えていると彼女は、

「やばい!次の授業移動教室だったー。ねぇ、私、水原日和!よく食堂に来るから今度一緒食べよー」


 そう言い残し手をヒラヒラさせて人混みの中へと消えていった。


 背景神様。

私が人生で初めて見たブラジャーは純白でした。


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