それでも日常は変化する
1話 美人生徒会長の正体
「神田蓮人です。今日からよろしくお願いします」
パチパチと事務的な拍手が教室内を包む。追い払われるわけでもなく歓迎されるわけでもなく・・・
それはまるでお前には関心がないと言われているような渇いた音だ。でもそれでいい。人は変わってしまう生き物だから深く関わるだけ無駄だ。
今日自分に好意的でも明日にはそっぽ向かれるかもしれない。一時的な感情で自分の前からいなくなるかもしれない。
”まるで俺は傷つくことに臆病な子犬のようだ”
そんなことを考えながら担任に指示された窓際の席に着く。
「ねぇねぇ、東京ってビルばっかりでつまらなくない?」
右隣からささやくような声が聞こえた。たぶん俺に向けられたもの。
声のする方へ目を向けると、亜麻色のショートヘアーにたれ気味の大きな瞳があった。彼女は可愛い系美人系論争が行われた場合、間違いなく前者になるだろう。
「えーっと・・・」
突然話しかけられた俺は少々困惑気味だ。
「あっ、私早坂美玖。よろしくね!」
戸惑った俺を気遣ったのだろう。彼女は微笑み、名を名乗った。
他の生徒よりかは温かみを感じる。
俺はよろしくととりあえず無難な言葉を口にした。
「蓮くんどこ住み?」
いきなり名前呼び、加えて住みを聞くというのはなかなかに攻めたコミュニケーションだ。
本来俺は、初対面にも関わらず土足で心に入ってくるようなやりとりが苦手だ。
でも不思議と嫌な気はしない。きっとそこが早坂さんの魅力なんだろうななんて柄にもないことを考えた。
「荒川区の方だよ」
とりあえず区を答えてみる。そしたら彼女は目を輝かせた。
「え?本当に?最寄りは?」
「西日暮里」
「えぇ!?一緒!近所かもね」
こんなにも明るい人だ。きっと友達が多いのだろう。転校生だから物珍しさでここまで会話してくれたのかもしれないが一応好意的に話してくれているようだ。
義務感や憐みで絡んでいるようには思えない。
でもそれは俺にとって少しばかり不快なことだ。
彼女の横顔を見ながらそう思った。
4限の授業が終わり、昼休み開始のチャイムが鳴り響いた。
チャイムと同時に購買へと走り出す者もいれば、仲間内で机を繋げて弁当を取り出す者もいる。
俺はというと生徒たちの喧騒を聞きながら食堂へと1人で向かっていた。
早坂さんが一緒に食べよう、と誘ってくれたけど、さすがに断った。
周りの友達、微妙そうな顔してたからね・・・
東明高校(とうめいこうこう)は購買の他に食堂があるらしくそこそこ美味いと聞く。なんでも長いこと人気定食屋を営んでいた校長の奥さんが関わっているらしい。
俺が通っていた田舎の高校には食堂なんてなかったからひそかに楽しみにしていた。
さすが楽しみにしていただけはある。すごい行列だ。
・・・って待てよ?おかしい。
食堂はまだまだ先のはず。さすがにこんなに行列ができるとは考えにくい。
「宝生さーん!」
黄色い歓声が鳴り響く。
これはあれだ。観客が舞台上にいるアイドルに向かって叫ぶやつだ。
周りの生徒皆が「宝生さん!」と叫ぶ。ということはこの人だかりは食堂の行列なんかじゃない。宝生って人のファンだ。誰なんだいったい。
芸能人でもいるのだろうか。まぁ、東京の学校だし居てもおかしくはないのか。
・・・宝生って名前にはあまり良い印象ないけど。
結局人だかりを抜けることができなかった俺は、宝生とかいうアイドルを憎みながら購買で買った焼きそばパンを口にした。
昼食を食べ終わり、俺は体育館へと向かった。今日の5限は全校集会がある。
タイムテーブルは校長の話に続き部活動の表彰、生徒会長の話、各学年への事務連絡だ。どれも全くもって俺には関係のないことだがしばしの休憩にはなるだろう。
この次は数学だし頭休めておくか。俺は席につくなりすぐに夢の世界へと入った。
ガヤガヤと騒ぎたてる連中によって俺は夢の世界から現実へと引き戻される。
どうやら校長の話と表彰式が終わり、集会は終盤へと差し掛かっているようだ。
それにしてもなぜこんなにも騒がしいんだ?一応全校集会だよな?
気になった俺は周辺にいる連中の会話に耳を傾けた。
「次宝生さんだ!」
「あの人の話ならいくらでも聞けるわー!」
宝生?そういえば昼休み廊下に人だかりができてたな。この人気っぷりを見るにおそらく同一人物だろう。
「おいおい、来たぞ来たぞ!」
横の男子生徒が声を震わせている。どうやら大人気生徒会長、宝生さんのお出ましらしい。
俺は今にも閉じてしまいそうな目をこすり壇上に視線を向けた。
コツコツと内履きの音が体育館内に反響する。
同じ靴のはずなのに、彼女の奏でる音はシンデレラに出てくるガラスの靴のようだ。言葉に表しがたい緊張感が漂う。
体育館内は先ほどまで動物園のようなやかましさだったが、今はすっと静まり、クラシックコンサートの会場のようだ。
やがて宝生さんは演台に立ちマイクの位置を調節した。
遠目からでも分かる華やかさ。
正直、想像していた以上だ・・・・・・
CMのオファーが来そうなほどの艶やかな黒髪に雪のように真っ白な肌、そして猫のようにつり上がった瞳が印象的だ。
本当に同じ高校生なのか、いいや、同じ生き物なのだろうか。
「みなさん、こんにちは」
マイクを調節し終え、宝生さんは話し出した。
彼女の挨拶に続き、全校生徒はこんにちは、と大きな声で復唱した。
ライブ会場かここは!と突っ込みたくなるような熱気がこもっている。
生徒が復唱し終えたのを見て、宝生さんは再びマイクに口を近づける。
「生徒会長の宝生れいかです」
宝生れいかか・・・・・・名前まで美しい。皇族に出てきそうな響きだ。
しかし、焦燥感を煽る狂気的な響きにも聞こえる。
きっとそれは、俺が同姓同名の恐ろしい人物を知っているからだ。
俺の通っていた中学は1個上の先輩方が荒れていた。
中でも異彩を放っていたのが宝生麗華。この名を地元で知らない奴はいない。
ヤンキー文化に全く関心のない俺ですら知ってるくらいだ。
彼女には恐ろしい噂がたくさんあった。地元を騒がせていた『舞零武(ブレイブ)』という暴走族をを乗っ取り女総長に成りあがったとか20人以上の男をたった1人で倒したとか武勇伝の尽きない人間だ。
って、そんなわけがない。今壇上でスピーチをしている宝生れいかと地元を恐怖に陥れた宝生麗華は似ても似つかない。そもそも同姓同名でも漢字は・・・・・
俺は配られた進行表を見て背筋が凍った。
あれ?会長の漢字『宝生麗華』だ・・・・・・
その4文字を見て戦慄しているとステージ上の彼女と目があった気がした。
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