空回り
「す、すみません……」
亜衣さんは今までに見たことのない料理のミスり方を披露してしまい、完全に意気消沈のご様子。さっきまでの勢いも完全に消え去ってしまった。
その様子を見て、シズさんが追撃を与える。
「りょ、料理できないのなら、一緒に暮らすというのは考えないといけないな!」
その表情はどこか楽し気だった。亜衣さんはきっと、シズさんに追い出されると思ったのだろう。というか、シズさんもそのつもりなのだろう。
「シズさん。あんまりそういうこと言っちゃだめですよ。まぁ、ちょっともったいないけど」
「す、すまん……」
シズさんもしゅんと委縮してしまった。俺は亜衣さんの方にまた目を向けて言った。
「俺が料理するんで、洗濯物をお願いします」
「……洗濯物⁉ ごくり」
あれ、今亜衣さん息飲んでなかったか……?
……まぁいいか。多分気のせいだろう。
それから数十分、料理を作り終え、そろそろ亜衣さんも帰ってきてもおかしくないはずなのだが、中々帰ってこない。
何かあったのだろうか? そう思って洗面所に行ってみると、何とそこには俺のシャツを顔に押し当てている亜衣さんの姿があった。
「何やってるんですか⁉」
「え、あ、あぁ⁉ べ、べべべ、別に何も! 何もしてませんよ!」
「いや、流石に無理がありますって!」
「すいません……。においを嗅いでました」
「あぁ……、って、におい⁉」
何をしてるんだ亜衣さんは……。
「なんでにおいなんか嗅いでるんですか⁉」
「そ、それは……」
亜衣さんは何やら言いづらそうにもじもじし始めて、何かを言おうと口を開けた瞬間にシズさんがやってきて、タイミングを見失った。
「何をしているんだ? アイ」
「な、何にも……」
亜衣さんはむすっとして、洗濯物を洗濯機に突っ込んだ。
女心とは難しいとはよく言うが、まさにそれを体験している途中だった。それにしても、亜衣さんってこれまでどうやって生活してきたんだろう?
気になって亜衣さんを見つめていると、ニコッと笑いかけてきて、首を少しだけ傾けた。
それを見て、俺はつい質問してしまった。
「亜衣さんって、どうやって生活してきたんですか?」
「え?」
「確かに疑問だな」
シズさん、どっちかというとあなたの方が疑問ですよ。どうやったらあんなに強くなれるのか、俺めちゃくちゃ気になってますよ。
恐らくは日課のようにやっている筋トレとかのたまものなんだろうけど……。
「洗濯に関しては……、まぁなんとかできてるみたいだけど、料理とかどうしてるんですか? まさかレトルトとか?」
「い、いえ、大体外食で……。弁当は冷凍食品で何とか……」
「なるほど……」
まぁ、別にそれで問題ないのなら俺がとやかく言うことでもないんだけど……。
「流石にちょっと不健康な気もしますね」
「は、配信者っていうものはそういうものなんです!」
「偏見!」
いやまぁ確かに不健康な話はよく聞くけど……。
「というか、配信者だからって不健康な食事をとる必要はないでしょう? 料理配信とかすれば、料理も配信もできてめちゃくちゃいいじゃないですか!」
そう提案してみると、亜衣さんはくしゃりと表情をゆがめた後、頬を膨らませながら言った。
「だって、料理できないとファンが私のこと嫌いになっちゃいそうで怖いんですもん!」
「そうなんですか?」
そこは配信の時の亜衣さんのキャラにもよるけど、そんなものなのだろうか? 料理ができないことぐらい、別に普通じゃないか?
「亜衣さんって普段どんな感じで配信してるんですか?」
「え? う~ん、別に普通というか、特に何か繕ってるって言うのはないですかね……。まぁ、若干声を可愛くはしてますが」
「なるほど……」
亜衣さんの普段の感じっていうことは、元気な姿を見せて人をいやすみたいな方向性か?
「じゃあ、料理やってみた方がいいですよ」
「え? そうなんですか?」
「だって、亜衣さんの配信を見ている人たちは、亜衣さんんおありのままを見に来てるんじゃないですか?」
「…………あぁー」
亜衣さんは思い出すように斜め上に顔を上げて、しばらく考えていた。シズさんは腕を組んでまっすぐこちらを見つめていた。何を話しているのか必死に理解しようとしているのだろうか?
「で、でも先輩も料理を失敗した時幻滅しましたよね?」
「いやぁ? あれはもう、そういうの通り越してたしね。幻滅どころかもう……、畏怖さえ抱いてるよ」
「そうなんですか? よかったぁ……」
深くため息を吐いているが、本当にちゃんと聞いていたのだろうか?
「とにかく、料理の一つや二つで幻滅するファンなんて、他の些細なことでも見なくなりますし。気にしないほうがいいですよ」
「そ、そうなんですか?」
「まぁ、そうですね」
「じゃ、じゃあ今度やってみます。あ、その時は私の彼氏役で出てもらってもいいですか?」
「…………そろそろ寝ますか」
「無視しないでくださいよ!」
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