睡眠
結局、私は先輩になにもいいところを見せられなかった……。それどころか失敗ばかり……。こんなことじゃあ、先輩に見放されてしまう!
何とかして好感度を稼がないと……。
でも、どうやって? 私今まで存在するだけで好感度を上げてきたから、そうじゃない人の好感度の上げ方がわからない!
……私が見てきた男性の中で、こうしたら必ず喜んでくれたという経験を思い出してしみよう。例えば、前かがみになった時とか……。後は、足を組み替えた時とか?
よし、思い立ったが吉! 早速実践してみよう!
先輩たちがのそのそと布団を準備する中、
「せんぱ~い!」
いつもより甘くうざったい声で呼びかけた。そして自然を装って先輩に近づき、布団を敷く先輩の前で前かがみになってみた。
「どうしたんですか?」
先輩はなんてことないように言ってくる。
嘘! パジャマでただでさえ胸元が開いてるのに⁉ な、何だったらもうほとんど見えてるのに⁉
い、いや、待って? 先輩は私の目をまっすぐ見つめている! 胸元を見ないように懸命にしている⁉
先輩、今はわざと見せているんです! もっと見てください! とは、口が裂けても言えず、なんだか申し訳ない気持ちになって、自分で胸を押さえて、体をもとに戻した。
ふと左右に視線を動かすと、シズさんがきょとんとした目でこっちを見ていた。何もわかっていない無垢なその顔が、反って自分には強烈な皮肉に感じられた。
そんな無意識の皮肉に殴られて、私は足を引きずりながら床に寝そべった。
「亜衣さん? 大丈夫ですか?」
「あぁ~……、私はどうせ、めんだこ以下の存在ですよ……」
「めんだこはそこそこ可愛い印象なんですけど……、それマイナスの状態を表すのにはふさわしくない気がするんですけど……」
「あーーー……」
「ま、まぁ亜衣さんは可愛いから、言いえて妙ですかね?」
ぬくぬくぬくぬく!
私はゆっくりと立ち上がる。枯れかけた草木に水をかけた時のように、ゆっくりと、されどしっかり力強く起き上がっていく。
「おーおーおーおー! なんかぬくぬく来たあああ!」
先輩の口から出る『可愛い』は私にとっては、砂漠の中でのオアシス。社畜にとってのお盆休み。ぼろぼろになるまで働いた後ステーキのようなもの!
私は立ち上がると、しばらく天井を見上げた。感涙の涙を流し、ガッツポーズをした。
「あ、あの……、亜衣さん? 大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
そんなこんなで、ようやっと床に就ける時間がやってきた。もう変に遠回りなやり方じゃなくていい! 直球勝負で一気に距離を詰める!
と、私が意気込んでいると、先輩は気だるげな動きで、押入れの中に入ろうとする。気づいた私は咄嗟に先輩の腕をつかんで、入りかけていた体を引っぱりだした。
「何してんですか先輩⁉」
「い、いや、ここで寝てるんですよ」
「なんで⁉」
「いや、だって、女性と一緒に寝るわけにはいかないでしょ……」
その通りだけど、だとしても別に押入れの中で寝る必要はないと思うのだけど……。
「と、とにかく、先輩はちゃんとしたところで寝るべきです!」
「やけに必死ですね……」
「え……、い、いや別に……」
私は何を言い訳しようとしているんだ⁉ さっき決めたじゃないか! 今日は直球勝負! 何の言い訳も必要ない!
「一緒に寝たいからです!」
言い切った。私は言ってやったのだ。ホームランを打つみたいな勢いで言ってやったのさ。
「……じゃ、じゃあシズさんと一緒に寝てあげてくれませんか?」
「嫌です! 私は先輩と寝たいんです!」
「ダメです」
「即答⁉」
もうちょっと戸惑いとかあってもいいんじゃないですか先輩!
「そうだぞヒロシ! また昨日みたいに一緒に眠ろうじゃないか!」
「何を真剣な顔でそんないやらしい要求をしているんですか⁉」
「亜衣さんもね?」
先輩の冷静な突っ込みによって、私はしゅんと縮こまってしまう。
「はぁぁ……。寝れないんですよ。色々緊張とかそういうのがあって……」
「……む~」
先輩の健康は確かに重要だ。だけど……。ん? ちょっと待って? 私と一緒に寝ると緊張するってことは……、もしかして私女性として意識されてる⁉
い、今まであんまりそういう感じなかったから、ちょっとうれしい……。
でも、その理性が敗れるくらいに私のことを好きになってほしい! だから―――!
「やっぱりわたs……」
「一緒に寝るなら、俺は二人とは二度と言葉を交わしません」
「私は、シズさんと一緒に寝ることをここに誓います」
「奇遇だな。私もだ」
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