復讐を抱きしめて、きれいごとを蹴り捨てて。

 服を着て、私は卓を挟んでヒロシと向かい合った。


「……どこまで見た?」

「何も見てません」


 嘘だろう。流石にあの状況で何も見ていないは無理がある。


「私は怒りたいわけではない。ちょっと確認がしたかっただけだ」

「そうですか……。……すいません。結構見えました」

「っく!」

「すいません……。多分男の人の性なのかなんなのか、目に焼き付いて忘れられません」


 何が嫌かというと、前までは悔しさでいっぱいだったのに、今は恥ずかしさでいっぱいになってるところだ。


 女を捨てたはずなのに、こんなに恥ずかしくなるなんて……。


 そんな自分に嫌気がさす。自分に嫌気がさす自分に、また嫌気がさしていく。


 私はこのまま、いつまでも収まることのない復讐心や、闘争心を抱えて生きていくのだろうか……。


 そんなことを考えて頭を抱えた。


 それを見たヒロシが、優しく声をかけてきた。


「ちょっと外出ませんか?」

「え……、あぁ構わないが」


 ヒロシは立ち上がると、すぐに玄関の方に向かった。私も、恐る恐るそれについていく。


 ヒロシは外に出る前に、私に上着を着せ、自身もごつめの上着を着た。布ずれの音が心地よかった。


 外に出ると、いつもよりは明るい道だった。いつもはもっと深夜だったからだ。


 そこらから幸せそうな笑い声が聞こえてきて、私はまた自分の染みついてしまったおぞましいものを明らかにされてしまった様で、窮屈に感じてしまう。


 そんな私に気づいてヒロシは私の手を、優しくつかんだ。抱擁にも似た心地よさが、指先から全身に伝った。


「…………」


 何か言おうとした。でも、心臓がそうさせなかった。口を開こうとした途端に、どきんときつく胸を打ったのだ。口封じをするみたいに。


 しばらく歩いていると、広い公園が見えてきた。


 そんな公園の真ん中にやってきて、ヒロシはぽつりとつぶやいた。


「この公園、子供が遊ぶの禁止なんですよ」

「……え?」

「なんか、騒音がどうとかって……」

「公園、なんだよな?」


 私の世界にも、公園や広場はあった。子供たちが楽しそうに遊んでいて、私たち騎士はそんな平和を守りたくて戦ってきたのだと、何度も励まされた。


「酷いですよね~、別に深夜には騒ぐなとか、そんなんだったらいいですけど、そうじゃない。……ちょっとベンチに座りましょうか」

「あ、あぁ……」


 私はヒロシが何を伝えたいのか分からなかった。今の話と、私の悩みと、そこまで関連があるのだろうか?


「……シズさんは、自分が怖いって感じたんですよね? それは何でですか?」

「それは、こんな平和な世界に来たのに、私はいつまでも復讐が忘れられていないし、どこかに人を気づつける暴力性があるから……」


 うまく言語化できたのだろうか? 私はそこまで頭がいいわけではないから、難しい。


「まぁ、正直毛色は全然違うと思いますけど……」


 ヒロシはベンチの背もたれに背中をぐったりと引っ付け、大きくため息を吐いた。


「こっちの世界も全然残酷ですよ」

「何?」

「今日あった男もそうですけど、何も知らない人を利用したり、何も知らないことを馬鹿にして教えもしない奴、実は目上の人の急所をその手中に収めて、安どしている奴とか」


 ヒロシは自嘲気味に言った。


「正直、俺は上司や上層部をぶん殴りたいし、権力があるなら土下座させたい。だって、あんなに俺たちを理不尽に酷使したりするし、理不尽に怒鳴ったりするから」

「……まぁ」

「でも、これは結局シズさんの世界……というか、戦争で戦う人たちと同じようなものです。自分たちが正義だと信じて、理不尽をぶつけ返す。正当性があることは、正義であることとイコールじゃないのに」

「私には正当性すらない。お前を似ているからと言って疑ってかかった。必要以上の暴力を向けた」


 そういうとヒロシは吐息交じりに笑った。面白かったというより、笑うことでしか吐き出せない何かがあったのだろう。


「だったら俺もそうですよ。俺、殴られたことないし、土下座させられたこともないし。齢二十やそこらの俺が言うことなんで、気休めだと思ってくれていいですが、人は思ってるよりも残酷ですよ。正義も、大義も、思ってるよりも単純で、しょうもないんですよ」


 ヒロシはベンチから立ち上がると、少し進んだところで立ち止まり、私たちのいる公園を見まわした。


「……まぁ、何が言いたいかっていうと、シズさんは自分が思ってるよりもひどい人間じゃないってことですよ。もちろん、いいものではないけど、それを止める権利は、他人にはない」

「…………復讐心を抱いていてもいいのか?」

「もちろんです。晴らす相手がいないので、やり方は考えなくちゃいけないけど……」

「どうやって復讐する?」


 私は恐る恐る聞いてみると、ヒロシは踵を返し、少し考えた後、こういった。


「幸せになりましょう! めちゃくちゃ幸せになって、そいつが命を懸けて手に入れたものを全部否定してやろう! お前が必死こいて手に入れようとしたもの以上を、簡単に手に入れてやったぜって! そいつの努力全部、否定してやりましょう!」


 ヒロシは恐ろしいことを、さわやかに、軽やかに言いのけた。そうして、わたしのほうにやってきて、こういった。


「俺に復讐の手伝いをさせてください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る