ヒロシを幸せにする方法

 私は今、今まで抱いたことのない感情に出くわしている。というのも、ヒロシのことを見ると妙に胸のあたりがざわつくのだ。


 今、私たちは公園からの帰路の途中だった。


 なぜ私はこの男の手をじっと見つめてしまうのだろうか? 復讐相手にそっくりの、男の手を……。


 自分の中の矛盾に似た違和感を取っ払うために、ただ口を回した。


「……し、幸せにする手伝いをするということだが、そのできればお前にも幸せになってほしい」


 私は何を言っているんだ……。いや、当然のことだろう。私はヒロシにたくさん迷惑をかけてきたのだから、こう思うのは当然だ!


「だ、だから私にできることを教えてくれ!」

「できること……」


 ヒロシは首をかしげる。すると突然不安が襲う。


 もしかして、私にできることはないのか……。と、不安と寂しさを抱いてしまう。


「う~ん……、今は特にないですね」

「今は?」

「えぇ、まだシズさんは家事とかは厳しそうだし、買い物とかも……。あ、じゃあ、肩もみとかしてもらいたいですかね!」


 肩もみ……。なんだかちょっとやらしい響きだが、まぁ、意味はそのままのものだろう。


 だが、本当にそんなものでいいのだろうか? 肩をもむなんて……。逆に揉まれるかと思っていたのだが……。


「本当にそれだけでいいのか?」


 心配になって、ヒロシに問いかける。ただ、何故か私の声は、何かを求めているような声になってしまった。


「はい! めちゃくちゃうれしいですよ?」

「本当か?」

「えぇ」

「……そうか、それならいいんだが」


 なぜだ私。なぜちょっと悲しいんだ……。


 奇妙な感情を抱きながら、家に着き、ヒロシはさっそく床に座って、私に言った。


「それじゃあ、お願いしてもいいですか?」

「あ、あぁ……」


 私の手がヒロシの肩に触れると、かつての世界では決して手に入らなかったぬくもりが全身を伝った。


「お前の背中、結構大きいのだな」

「そうですか? ……あ~~、そこめちゃくちゃ気持ちいいです」

「そうか」


 私はヒロシに言われたところを重点的に、少しだけ力を強めて押してやった。


「ど、どうだ?」

「い、いt……、いっ……、いてててて……」

「む?」

「シズさん、ギブギブ!」


 ギブ? ……この前少し耳にしたことがあったな……。


 ギブミーとか言ってたな……。言われた相手は物をあげていたから、多分ほしいということなのだろう!


「ふ、欲しがりめ」

「え……、あいたたたたったたた! ちょ、シズさんストップ! やめて!」

 

 ヒロシが苦しがっているようなので急遽肩もみを止めた。


「ど、どうしたのだ⁉」

「シズさん……、力が強すぎです」

「で、でもギブって言ってたじゃないか!」

「え? …………」


 ヒロシは相当混乱していたようだったが、数秒考えた後に、はっとしてヒロシは言った。


「これは、ギブアップって意味のギブで……」

「む? ギブアップ?」

「そうです。降参とか、そういう意味があるんです」

「な……、そうなのか⁉ つまり、この前ギブと言って物が渡されたのは、相手からの恩情だったわけか⁉」

「あ、いや、ギブは単体だと『くれ』とか、『譲って』って意味になります」


 …………。


「ヒロシ、私もギブアップしていいか?」

「何を?」

「言語を学ぶことだ」

「…………ま、まぁ、そのうち自然に身に付きますよ! もう時間ですし、今日はもう寝ましょう!」


 ヒロシは私の眠る布団を敷き、その上にペンギンのぬいぐるみをポンとおいて、押し入れの中に入っていった。

 

 私はそれを見て、電気を消してヒロシが敷いてくれた布団の上に寝転がる。ペンギンのぬいぐるみが目の前にあって、私はそれを抱きしめた。


 けれど、胸の奥は満たされないままで、どこかに寂しさをはらんでいた。秒針を進む音が、時を刻むにつれて存在感を増していく。


 ヒロシの姿がないと、私はひどく置いてけぼりを喰らったみたいに寂しくなった。


 小さかった時のことを思い出して、またペンギンのぬいぐるみを強く抱きしめるけど、結局求めてしまう。


 私は布団から出ると、押し入れの前に立ち尽くした。


 一緒に寝て、などと言えるわけもない。そんな恥ずかしいこと……。


 でも、でも……。あのぬくもりを知ってしまって、私はすでに歯止めが利かないほど、それを求めていた。


 ゆっくりと、ふすまを開ける。


「んあ? どうしました?」

「……あ、あの、そのだな……」

「ん?」

「い、いい、いっすーーーー」


 うまく口が回らない。変な汗もかいてきたし、余計に一緒に寝るなんて恥ずかしくなってしまう。


「……寝場所、交代してみます?」

「あ、いや……。その……」


 私が言葉に詰まっていると、見ていられなくなったのか、ヒロシが私の頭に手を優しくのっけた。


「大丈夫ですよ。焦らなくても」

「…………」


 私は何度か息を整えるためにため息をすると。ごにょごにょと口を開いた。


「い、一緒に、寝てほしい」

「……え」


 ヒロシがぽかんと口を開けて固まってしまう。そんなヒロシを強引に押し入れから引っ張り出して、そして抱き寄せたあと、一緒の布団で眠った。

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