まだ、戦火の火の中で……
「あなた、一体……」
アイはただ、愕然としていた。今起こったことに、脳の処理が追い付いていないような、そんな感じだった。
「……あ、あはは。シズさんは、格闘技をやってた時期があってそれでね……」
「それでも、ブロック塀を粉々にする人なんて聞いたことがないですよ!」
ただ唖然としていた表情は、一気に青ざめた、恐怖と怒りを帯びた表情になってしまう。
「どういうことなんですか⁉」
「……ま、まぁ、亜衣さん。そんなに興奮しないで……」
「す、すいません……。まぁ、私たちを守ってくれたんですもんね……。でも、一体どういうことなんですか? 流石に生半可な説明じゃ……」
私はヒロシの方に目を向けた。どうすればいいかわからず、ついつい助けを求めてしまったのだ。
「……えぇっと、亜衣さんとりあえず今日はもう帰りましょう。後日説明しますので……」
「……そうですか。絶対ですからね?」
アイが珍しくきつい顔をヒロシに向ける。私にも念押しのために威嚇のようなものしてきた。
アイを家まで送った後、私たちは長い沈黙の中、互いに目も合わせずに帰途につく。その空気は私たちの距離を広げてしまう。
むしばんでいく気がした、私が手に入れられそうだった、幸せを、日常を、少しずつ……。
私はまだ、戦禍の中、眠りについたはずの闘志の炎は、なんの躊躇いもなく表れてしまう。
自分の手を見て思った。私は人殺しで、汚れた手をしていたという真実は、何度温かな風呂でぬぐい取ろうが、冷たい水を頭からかけられ、剣でこの体を貫かれようが、その事実は変わらない。清算などできはしない。
家の電機は消えていた。玄関が開くと、当たり前だが、暗く沈んだ部屋がそこにはあった。この前まではあれほど落ち着ける空間になっていたのに、今では見る影すらなかった。
「シズさん」
「……す、すまな」
「怪我無いですか?」
ヒロシは私の言葉をさえぎって意外な言葉を口にした。
私は思わず口をぽかんと開いたまましばらく固まってしまった。頭の中がおかしくなってしまった。
しかし、私はこくりとうなずくのだけは忘れなかった。
「そうですか! よかったです! じゃあ、晩御飯にしましょうか!」
言いながら、ヒロシは電気をつけて今までと変わらず晩飯の準備に入った。
なんだこの感情は……。私の胸の中で何か、奇妙なものが渦巻いていた。それは今までの疑いだとか、闘志だとか、そういうものではなかった。だが、確かに私の胸の中で、ひそかな熱となって渦を巻いていた。
「なぁ、ヒロシ、怒ってないのか?」
「ん? 怒ってないですよ? 亜衣さんも、色々混乱しちゃってあんな剣幕だったけど、怒ってないから安心してください。もしかして、怖かったんですか?」
私は少しためらいながらも、静かに首を縦に振った。
「そっか……」
「でも、違うんだ。アイが怖かったわけではないんだ!」
「え? じゃあ、あの男の人たち?」
「いや、あんな虫けら……」
こういうところだ。私がまだ、前の世界の戦争の追憶から抜けだせないのだ。
「じゃあ、何が怖かったんですか?」
「……自分が怖くなった」
「…………」
私が素直な言葉をこぼすと、ヒロシは可哀そうな目でわたしを見るでもなく、いつもの笑顔を浮かべていた。
何か面白いことがあったのだろうか?
「なぜ笑うのだ?」
「……いや、別に悪意があるわけじゃないんだ。ただ、素直に言ってくれたのが珍しくて……」
「……これでも、お前のことは信頼している。確かに、まだ完全に信頼できるわけではないが……」
「そうですか。まぁ、話はあとにして、とりあえず晩御飯食べましょう」
驚くほどいつも通りだ。いつも通りおいしい料理が出た。しかしいつもと違うのは、料理を口にするたびに不安が芽生えたことだけだった。
やがて食事が終わり、お風呂に入り体を洗う。
鏡を見ると、そこには鎧を着て、血を浴びた自分が立っていた。剣を携え、何を見るでもなく、何を目指すでもなく、ただ与えられた任務に従い、我行かんと敵をなぎ倒していた自分。
その腰に携えた剣は、いつの間にかぎらぎらと白銀の輝きを放つ刀身をあらわにし、その切っ先は、ヒロシのいる方に向いていた。
そして私はおもむろに歩き出し、いよいよ姿が見えなくなる。
私の脳裏に、広い部屋でヒロシに刃が突き立てられる。そんな景色が浮かんでしまった。
いてもたってもいられなかった。気が付くと私は浴場を出ていたし、家の中だというのに全速力で走り出していた。
「ん? どうしたんですか……って、ええええええ⁉」
ヒロシはあんぐり顔になって叫んだ。私はその叫び声におののき、その場に立ち止まってしまう。
ヒロシは急いで視線を手で覆い、首を横に何度も降っていた。
私ははっとする。自分が真っ裸な状態だということを完全に失念していた。
「決して、わざとではないですからね⁉」
ヒロシは必死に弁明をする。もちろん、今回は完全に私が悪い。だが、言わずにはいられない性分なのだ。
「くっころおおおおお!!」
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