まだ、彼女は……
そこからは、いたって普通のデートが続いた。
「初デートにしては長いですね……」
俺の隣で、不意に亜衣さんがつぶやいた。確かに言われてみれば、引き伸ばし感が強いというか……。
初デートで会話のネタもままならないのに、十一時からすでに四時を回っている。しかも、まだ終わる気配がない。
まぁ、別にありえない話じゃないし、相当盛り上がっていたら、なくはない。ただなぁ……、そんなに盛り上がってないし、シズさんも疲れてきているのは目に見えていた。
それもそうだ、シズさんにはほとんどが初めての経験だし、行ったことのないところにも回っている。
「亜衣さん」
「……はい。ちょっと雲行きが怪しくなってきましたね。シズさんを止める準備を」
「はい」
普段はシズさんのことを敵視している亜衣さんも、嫌な予感がしてきたのか、冷静に状況を分析し始めた。
「なぁ、そろそろ帰りたいのだが……」
「まぁまぁ、いいじゃないですか! 次はボーリングに行きませんか?」
「う、うむ……」
街の雑多な音、通りがかる人たち、運動……。そのすべてがシズさんの体力を削っている。
「……洗脳の手口に似てる」
「え、それまじですか先輩」
「うん。人間って、脳が疲れると正常な判断ができなくなるんですよね……。即席の洗脳です。宗教なんかにも使われる手口ですね」
「やけに詳しいですね……」
ブラック企業に入って、皆洗脳されてるんじゃないかと思うほど上司に忠実だったから、一度調べてみたのが役に立った。
「……まぁ、現状、本当にデートのつもりで空回りしてるともとれるし、まだ干渉できない」
「ですね……。これは本格的に尾行していてよかったです」
それからさらに二時間。俺たちもかなり疲れてきた。
「亜衣さん、足大丈夫ですか?」
「ちょっと痛いです……」
「あれだったら俺の肩を使ってください」
「……ふへへ」
亜衣さんは俺の言葉を聞くと、すぐさま俺の肩にもたれかかってきた。
そして、男はシズさんを暗い路地に連れて行った。周囲が時間とともに暗くなっていくのに加えて、どんよりとした、生々しい空気感が漂ってきた。
「止めます」
「はい」
俺はシズさんたちの方に駆けていき、男の説得に試みることにした。
「シズ! そろそろ帰るぞ!」
「ヒロシ⁉」
シズさんは自分の名前が呼び捨てされたのに驚いているようだった。
「ん? お兄さんだれ?」
「その子の兄です」
「む……?」
「へぇ~、お兄さん、なんでここが分かったの?」
男の方は堂々と強く出た。何か俺に勝てる確証でもあるのだろうか?
「それは……」
「シズさんもよく分かってないみたいだし、もしかしてストーカー?」
「いや、そんなんじゃないですよ。な? シズ」
「あ、あぁ」
「ふ~ん……」
男は目を細めて俺とシズさんに視線を配らせると、突然軽快に手をたたいた。
「出てきていいよ!」
男がそういうと、少し向こうの方からずらずらと男たちが出てきた。かなりごつく、中には鉄パイプのようなものを持っている人もいた。
「まじか……」
「ごめんねぇ? でも、この子が悪いんだぜ? こんな可愛いからさぁ」
こいつら……。やっぱりそういうことが目的だったカスか。
「シズさんから離れてください」
「はぁ? なんて? 声小っちゃくて聞こえねぇんだけど!」
「シズさんから離れろって言ったんですよ!」
「っち! うるっせぇんだよ!」
そういいながら男はイラつきを俺の腹にぶつけた。
「先輩!」
亜衣さんが影から現れた。
「あれ⁉ 亜衣ちゃんじゃん! ラッキー!」
「一樹さん、あなたそんなことする人だったなんて……」
「っは! お前ガード堅いんだよまじで。おい! お前ら!」
男……、一樹とか言ったか? は、背後にいる男たちに合図を送る、が……。
「私の大事な友人に手をあげるのはやめていただこうか」
一番ガタイのいいスキンヘッドの男は、肩がえぐれているのではないかと錯覚するほどの力でシズさんに捕まれ、苦し気なうなり声をあげていた。
「ぐあぁぁぁ……」
「な、なんだこいつ⁉」
「この野郎!」
鉄パイプを持っていた男が、シズさんに特攻する。
「おら! ……は?」
確かにシズさんは鉄パイプを顔面に受けたはずだった。だが、シズさんは全く動じないどころか、パイプはかきーんと、耳心地のよい音を立てて、真っ二つに折れてしまった。
「……貴様、今なにか言ったか?」
「……え、あ、え? えぇ?」
頭が相当混乱したようだ。無理もない。亜衣さん含め周りにいた男たちも唖然としていた。
「う、うわああああああ‼」
絶叫をあげて逃げようとする男に、目を光らせて足を走らせる。そして、目にもとまらぬ速さで拳をぶち込んだ。
「あ……、あぁ……」
拳は男の眼前をかすめ、ブロック塀に打ち込まれた。
男がその場にへたり込むと、ブロック塀はものの見事に粉々になり、崩れていった。
それを見た一樹が、亜衣さんを押しのけて俺の首を捕まえる。
「こいつがどうなって……」
一樹が言い切る前に、一瞬にして目の前に来ていたシズさんが顔面を鷲掴みして、とん、と軽く押しのけると、体を数メートルにも及ぶ距離にふっとばした。
「「「うああああああああ‼」」」
男たちはみんな一様に顔を青ざめさせて、一目散に逃げて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます