ラーメン屋、食して
「いらっしゃい!」
俺たちが入店すると、大きな声で迎えてきた。ここの店長だ。もうそこそこの年齢で声を張るのも苦しくなってきただろうに、そんなことをもろともしないほどの声量だった。
「どうも!」
「お! 宏じゃねぇか! どうした、またなんか悩みでも、って! えぇ⁉」
店長は作業をしながら元気な声で俺と会話を始めたかと思うと、視線をシズさん
に向けた途端、大きな声を上げた。
「だ、大丈夫ですか⁉」
「お、お前……、なんだそのべっぴんさんは⁉」
店長は目を点にしたまま聞いてきた。
「あ、あぁ……、えぇっとなんといいますか……」
適当にカウンター席に着き、説明を始めた――。
――説明終了と、同時に……、
「事故で轢いちまってその弁償に同棲をー⁉」
店長が大きな声で叫んでしまう。
「ちょちょちょ! そんなおっきな声で復唱しないでください!」
「す、すまねぇ……。いやしかし、これで驚かないほうがおかしいだろう」
「まぁ、その通りですけど……」
「というかお前、手を出したりしてないだろうな?」
「出してないですよ! というか、そんなことしようとすれば俺が殺される」
「殺されるってお前……」
店長はシズさんの華奢に見えるのを見て、半笑いでそういうが、この服の下にはそれなりの筋肉が身をひそめている。というか、車で轢いてもノーダメの人は、たとえ筋肉がなくても俺が負ける。
「しかし、結構無口な人なんだな見た感じは結構ズバッと言いたいことは言いそうな人に見えるが……」
「多分、初めて来たところなんで少し緊張してるんですよ」
「なるほどなぁ……」
話もひとしきり終わり、早速メニューを広げた。シズさんはそのメニュー表に食い入るように視線を送る。
シズさんからしたら、初めてのものがたくさん、それも一気に見せられたのだ、そりゃあ驚き興味を抱くのも仕方がない。
「こ、これは……」
シズさんが恐る恐る指を指示したものは、ラーメンの上に乗っかってる具だった。
「あぁ、これはチャーシューと言って……、まぁ、簡単に言ってしまえば平たい肉です」
「ほう……ではこれは?」
「これは……」
顔を寄せ合ってメニューについての軽い説明などをしていると、なぜか厨房から視線を感じ、ふと見上げてみると、店長がにやにやと笑みを浮かべていた。
「……なんですか? 店長」
「いや、お前ら仲いいなと思って。一瞬、高校生のカップルに見えちまってな」
「こ、高校生のカップルってこんなラーメン屋に来ますか⁉」
「こんなってなんだ! しかも結構来るぞ……。というか、えらく長くしゃべってるが、なんか不便でもあったかい」
店長は面構えを真剣なものに変えて、そう聞いてきた。
そうだった、シズさんが異世界から来たなんて言ってないもんな。
「あぁ、実はシズさんラーメン屋来たことなくて……」
「人類にラーメン屋に来たことない人がいるとはな……」
「いますよ!」
まぁ俺もどっちかというと店長よりの考えではあるけれども……。
「お嬢ちゃん、初めてラーメンを食べるなら、個人的には塩がおすすめだ」
「あぁ、確かに。さっぱりしてるほうだし、食べやすいかも」
「う、うむ……」
まぁ、そういわれてもわからないよな……。
「ひ、ヒロシは、普段何を食べているんだ?」
「俺は断然醤油です」
「……じゃ、じゃあそれで……」
「え」
意外だった。シズさん、あえて俺とは違うものを頼むかと思っていたが……。
注文を終えてしばらくすると、うまそうな……、いや、めちゃくちゃうまいラーメンが運ばれてきた。
反射のせいかキラキラと輝いて見えるぜ……。においが湯気とともに鼻腔に突き刺さると、頭の中は目の前のラーメンで満たされた。
「いただきます!」「……い、いただきます」
早速ラーメンを一口すする。すると、途端に俺の中にあったリミッターが切れて、食べる手が止まらなくなった。
しかし、しばらくするとあることに気づいた。
「じゅ……、しゅ……、ん?」
それは、シズさんが俺の真似をしてラーメンをすすろうとしていたことだった。
「あはは、無理して俺の真似しなくてもいいですよ」
「そ、そうなのか……。ここではそうやって食べるのが礼儀かと……」
「まぁ、くちゃくちゃ言ったりするのはよくねえが、特にルールはねえから、食べるのを楽しみな」
店長が優しく言う。すると、少し緊張がほぐれたのか、表情が柔らかくなるシズさん。そしてラーメンを口にかきこんだ。
「んん⁉」
「……どうですか?」
シズさんが静かに咀嚼している間、その場は静かな緊張感に包まれた。そして、シズさんがラーメンを飲み込むと……。
「う、うまい! 美味いぞ! ヒロシ!」
いつもの満面の笑みをこちらに向けてそう言い放った。その顔を見て、伝染するように俺も笑顔を浮かべてしまう。
その後は一緒に一生懸命ラーメンを喰らった。
しばらくしてラーメンを食べ終わり、会計を済ませると、店長が帰ろうとする俺のことを呼び止めた。
「お前、あの子に惚れてんだろ」
「はい⁉ い、いや、そんなことないですから」
「嘘つくなおめぇ! あの子の笑顔を見てる時のお前、いうなれば恋する乙女だったぞ!」
「あ、あれは、わが子を見るような感じと言いますか……。そもそも、好きとか言えるほど付き合い長くないですし……」
「はぁぁ……。まぁいい。折角なんだし、もろもろが終わったらどんどんアタックしてけよ!」
…………なんか変な勘違いをされてしまった。
そうして店を出て、今度こそ家に向かって足を進め始めた。
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