第8話 もろもろの手続きを経て……
服を買った後はしかるべき相談窓口に行ったりして、裁判までこぎつけることができた。弁護士紹介だったり色々面倒だったが、何より面倒だったのは……。
「戸籍とやらがないと人間として扱われないというのは本当か⁉」
「い、言い方……」
「はいそうです」
事務員らしき眼鏡をかけた女性がニコニコの笑顔で答える。
「なんだと⁉」
「まぁ、厳密にいえば国民として扱われません。存在しないものとして扱われてしまうのです」
「……そ、存在しないもの」
「ところで」
シズさんが存在しないものという言葉の圧に気圧されていると、ぎろりと鋭い視線を向けてくる。
「そちらの男性とはどういう関係ですか?」
「ヒロシか……。う~ん……。どういう関係だ?」
シズさんが目を丸くしてこっちを見てくる。俺に聞かれてもなぁ……。
「ど、同居人です……」
「ほう……。交際なさってるということですかね?」
「…………いやぁ、シェア……ハウス的な?」
どうしよう、別にやましいことも何もしてないのに、なんか悪いことしてる気がする。下手に答えると問答無用で逮捕されてしまいそうだぞ……。
俺が冷や汗をかく傍らで、シズさんはただこっちを見て首をかしげていた。
この関係性を一番うまく言い表した表現は……。
「……被害者と、加害者です」
「…………」
俺が何とか絞り出した言葉は、その場に氷気をもたらした。沈黙は痛く俺の心に刺さってくる。
「ちょ、誰かぁー! ここに性犯罪者がいまーす!」
「ちょちょちょ!! 違います違いますからぁ!」
「だって、こんな綺麗な女性と、地味目な男性で、その関係が『被害者と加害者』ならそれはもう、性犯罪関連なんですよ!」
「なんでそうなるんですか⁉ それならなんで二人で一緒に居るんですか? 大体、そんなことをする奴なら、わざわざ賠償のために当人の戸籍を作ろうとなんてしないですよ!」
「でも、風呂を覗かれました」
なんでここでややこしいことを言うんだ! この人ホントになんなんだよ⁉
眼鏡の女性はそのレンズの向こうで、信じられないほどの侮蔑と嫌悪の視線を浮かべた。
「シズさん! あれは事故でしょう⁉」
「どっちも事故じゃないか! なんでどっちも事故なのに、風呂を覗いた方は罪に問われないのだ⁉」
「そんな一休さんみたいな頓智利かせなくていいから! 違いますからね? 事故って言うのは、俺がシズさんを車で轢いてしまってそれで……」
いや俺は何を言ってるんだ? これはなんの説明なんだ……。
我ながらおかしいことを言っていることに気が付いて、眼鏡の女性から視線をそらした。
「まぁ、わざわざここで馬鹿正直に言うってことは、本当にあなたの言う通りなんでしょうね。すいません。一女性として、少し心配になってしまっただけです。ところで、いつ事故を起こしてしまったんですか? 怪我も治ってるみたいだし、三か月前とかですか?」
「あ、いや、昨日です……」
「はい? 昨日な訳ないでしょう? あ、もしかして車がかすっただけとか?」
「いえ、思いっきり正面からぶつかって、車が少しへこみました」
「どっちが被害者なのか分からなくなってきた……」
自分でも思う。いくら鎧を着ていたからと言って、無傷なんておかしいだろう。それほど彼女は強いということなのか……。
「ま、まぁいいや……。そういうのは今はいいか……。と、とりあえず話を進めていきましょう。ではまずは……」
まぁ、これの他には、そもそも文字が違うので、名前を記入した時とかにちょっと怪しまれたり、見た目が少し怪しい人が通りがかっただけで鼻息荒くして身構えたりと……。なかなかに苦労があったが、少し気に留められただけで、問題にはならなかった。
後は、裁判を乗り越えて、手続きを済ませればオッケー……。この調子でいけば、今週中には何とかなりそうだ。
それよりも解決すべき問題は、文字とか暮らしの面だな……。特に文字。マジで危なかった。
流石に異世界から来たとか、そういう風に疑われたりはしなかったが、国籍に関しては色々詰められたな……。まぁ、言語だけは完ぺきに日本語だったから、俺が代筆して何とかなったが……。
今後もしこういう書面での何かがあったら、流石にカバーしきれない。事故の裁判に関するものならなおさらだ。そもそも接触が許されるかどうか……。
あれ? 裁判の間はどうすればいいんだ?
手続きからの帰り道、視界の奥でギラギラ輝いて鬱陶しい夕日を見て、ふとそんな疑問が頭に浮かんだ。
やばいな……。ホテル代を俺が負担する? そんな余裕はないし……。
家に着き、晩飯を喰らっている最中もそのことが頭の中を支配ていた。
「何を不安な顔をしている」
「いや、まずいことが発覚したかもしれない」
「まずいこと?」
「まぁ、事故なんで可能性的に小さいんですけど、裁判中はあんまり俺ら接触できないんですよ……」
シズさんは何がまずいのか分かっていないようで、きょとんとしていた。
「だからあれなんですよ、シズさんの住む場所がなくてですね……」
「あぁ、なんだそんなことか」
「なんでそんなに冷静なんですか⁉」
「まぁ、私は何度も宿なしで夜を明かしたから慣れているんだ」
「……慣れてるからいい、なんてことないでしょ」
「なんだと?」
「慣れてるからいいなんてそんなの、屁理屈もいいところだって言ったんです!」
なぜか俺は突然起爆した爆弾のように、声を荒らげてしまう。
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