第6話 大惨事
「き、貴様ついに本性を表したな⁉︎」
シズさんが怒号をあげる。雷鳴かのようなその怒号に怯えながら、必死に頭を下げて謝罪を繰り返していた。
シズさんは俺の言う通り、さっきまで身につけていた服を着ていた。
「ちなみに貴様、見たのか?」
「み、見てないです!」
必死に頭を横に振り、否定するが、信じて漏れていない様子だ。まぁ、当然っちゃ当然だが。
「嘘をつけ! ばっちりじっくり見てた‼︎」
「じっくりは絶対にないですよ!」
「ならバッチり見たのか⁉」
「いや、見えてないですから!」
「…………っく! まぁいい。これは私にもミスがあるからな」
口ではそういうものの、シズさんはその鋭い目つきを和らげることは無かった。あの時見せた笑顔が嘘みたいに怖い顔だった。
「さて問題はここからだ」
「へ?」
「図らずも私の裸を見た男が、まさか欲情しないわけがない」
「……ずいぶんな自信ですね」
まぁでも確かに、見えた範囲で言ったら、確かにいい体だったと思うけど……。自分でそんなこと言っちゃうんだ……。
「まぁ、正直、私の裸を見たところで何も思わないだろうがな……」
「今度は急にネガティブですね……。なんでそう思うんですか?」
「私はかなり筋肉がついてしまっているからな……」
「え、筋肉のある女性って素敵じゃないですか?」
逆に普通は筋肉がないほうがいいのだろうか? いや、まぁ確かにこれ! って女性の好きな聞かれた時に、筋肉だって答えたりはしないけど……。でも、魅力の一つかと聞かれたら、俺は迷わず首を縦に振るだろう。
「……こっちの世界の価値観は変わっているな」
「そうですかね? 別に悪いものでもないし、そんなに忌避する人はいないと思いますけど……」
「今、私を口説いているのか?」
「なんでそうなるんですか……。と、とにかく、何も思わないなんてことは無いので、とりあえず俺はこの押入れの中に布団敷きます」
シズさんを俺の加齢臭のする布団に寝かせるのは流石に嫌なので、客が来た時のための布団を押入れから取り出して、てきとうに開いてるスペースに置いた。
「……なにもするなよ?」
「しませんよ……」
いろいろあって疲れたし、早く寝てしまおう……。
俺は押入れに自分の体を入れて、ごろんと魂でも抜けたように布団の上に寝っ転がった。
俺が目を閉じようとしたその時、シズさんが何とはなく質問を口にした。
「ヒロシ、お前はこの世界ではどんな立ち位置にいるんだ?」
「……俺の立ち位置ですか?」
「そうだ。同じ屋根の下で寝るのだ、少しは知っておいた方がいいだろう」
確かにその通りだ。その方が落ち着いて眠れそうだし、と言っても、あんまりしゃべことないんだけど……。
「一般人ですね」
「ほう……、一般人か。ではあれか、職業ギルドに属していたりするのか?」
「まぁ、確かに似たようなものには……。俺は会社で頑張って働いてますよ」
「会社……、それがギルドのようなものか」
「そうです。月曜日から土曜までの六日間、ほぼ毎日残業続き、たまには日曜出勤もあります」
「……日曜出勤?」
「あぁ……、日曜日っていうのは普通休みなんですけど、その日も働かないといけないんですよ……」
「ちなみに、こっちの一週間は七日間か?」
「はい」
返事を返すと、ふすまの外からどすっと鈍い音がした。どうやらシズさんが驚いてしまったらしい。
「奴隷ではないか⁉」
「そ、そんなにではないですよ! ちゃんと給与も支払われてますし……。まぁ、残業代出てないですけど……」
「……ヒロシが想像する奴隷がどんなものかわからないが、まぁ、確かに給与自体は少ない。だが、一週間のうち二日は必ず休みをもらっていた。もしや、三時間労働とかなのか?」
「いや、普通に八時間です……。まぁ、残業含めたら十何時間ですかね……。あはは」
「な! 笑い事ではないぞ! そんなの死んでしまうではないか!」
そうなんだろうけど、労基にチクればもっと時間伸びるし、転職と言っても俺高卒だからな……。
「色々国は対策を練ってるんですけど、どれも裏を突かれて意味ないんですよねぇ……。あははは」
「……すまない。貴重な睡眠時間を邪魔したな」
「いえ、人とゆっくり話すのも悪くないですよ……。それでは、おやすみなさい」
シズさんは優しいんだろうな。俺が因縁の相手とうり二つでさえなければ、もう少し円滑にことが進んだのかもしれない……。
まぁ、こればっかりは俺にもどうしようもないからなぁ……。
にしても、これからどうしよう……。戸籍作って、んで色々話し合って、賠償金とかどうしよ……。
戸籍作んのもなんか調べた感じめんどくさそうなんだよなぁ……。家庭裁判とかそういうのやらなくちゃだし……。これは今度の日曜も返上か……。
いや、こんな時こそ有休を使うべきか……。俺の会社、有休だけはまともだからな。まぁ、流石に労基に抵触しすぎるのを避けてるだけなのかもしれないけど。文字通り、ブラックに染まりきっていないんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます