第5話 晩御飯
「何をしている⁉」
「煮込んでるだけですよ……。向こうでくつろいでいてください……」
「ならん。毒を盛られているかもしれないからな!」
「……そんなもの、持ってないですよ。…………じゃあわかりました。この料理がおいしかったら、俺への疑念を取っ払ってください」
「それは無理だ。だが、いいだろう。あなたの食事をうまいと言わなかったら私の勝ちってことで」
……意外とノリいいな。
しばらくして、シチューが出来上がり皿に盛り付ける。その真っ白なシチューに、疑いの目を向け続けるシズさん。しかし、においに圧倒されて……、
「おいしそ……」
「今、おいしそうって言いました?」
「言ってないし」
「へぇ~」
普段よりも多く作る料理は中々に大変だが、楽しみにしてくれている人がいると料理もいつもより楽しいものになるな……。
そしてシチューとパンを机の上に並べると、シズさんは静かに息をのむ。
「ゆ、湯気が出ている……」
「湯気は出てるでしょうよ……」
「わ、私の方では珍しかったのだ!」
「あ……、そうでしたか」
まぁ、殺されたとか物騒なこと言ってたし、やっぱりシズさんの世界は殺伐としたものだったんだろう。
騎士という予想が正しければ、戦いに出ている間はまず間違いなく温かい食事は中々なかったと思うし……。
「じゃあ、いっぱい食べてください。おかわりもありますし」
「ほ、本当か⁉ あ、いや……、別にいらんがな!」
「そんなよだれを垂らしながら言われても、説得力ないですよ」
「…………お前が最初に食べろ」
「……はいはい」
まぁ、殺された相手とうり二つなら、ここまで慎重になるのも仕方ないか……。でも、もうちょっと心開いてほしいな。
シズさんは俺が一口シチューを口に運ぶのをまじまじと見つめ、何か不正をしていないかを定めていた。
「……うまい」
「……では、いただく」
シズさんが恐る恐るシチューを一口口に入れる。入れた途端は暑さでほろほろと苦戦していたが、しばらくすると……。
「う、うまい⁉」
「でしょう」
ついつい誇らしくなって、得意げな笑みを浮かべてしまう。そんな俺を見て、しまったと言わんばかりに目を見開いたシズさん。
「う、うまいとは言ったけど、うまいとは言ってない!」
「何を言ってるんですか?」
「と、とにかく、私は負けていない!!」
「……まぁ、食べてください。ほしかったらおかわりも言ってくださいね」
「……分かった」
シズさんは少ししょげてしまう。
しかし、そのあとシズさんはまるで掃除機かのようにシチューをのんでいく。
「ゆっくり食べてください。誰も奪ったりしないので」
「……ずず。う、うぅ……」
「え⁉」
シズさんが急に涙を流し始めた……。それほどおいしかった……という訳でもなさそうか?
「……大丈夫ですか?」
「……だ、大丈夫だ!」
「大丈夫って感じしないんですけど……。話してください。話すだけでも楽になりますし……」
「……うぐ……、べ、別に、私たちの世界ではなかなかあたたかな食事も得られず、ひっぐ、唯一得られる、えっぐ、としたら、子供のころ母に作ってもらったスープぐらいで、だからこのシチューとやらを食べて昔のことを思い出したりなんかしてないし!」
言った言った。全部言った。余すことなく全部言った。
この人本当になんなんだ……。堅苦しい女性なのかと思ったら思ったよりも抜けてるというか……。
……繊細ってことなのか? 空回りするほど……。
「美味しいですか?」
「悔しいけどめちゃくちゃおいしい!」
シズさんは涙を流しながらも、満面の笑みをこちらに向けてきた。
その瞬間、俺の胸の中がジンと温かくなって、思わず微笑みが漏れてしまう。
「それはよかったです!」
その後、結局シズさんは驚くほどのスピードでシチューを完食したかと思うと、すぐさまおかわりを要求してきた。
奇妙なめぐりあわせだったが、問題が片付いた後も良好な関係でいられたらいいな、なんて思ってしまった。
晩飯も食べ終わり、風呂の時間となった。
「どっちから入りますか?」
「……じゃあ、お、あ、お前からで……」
「あの、宏でいいです……」
「そうか、ヒロシ」
俺はシズさんに言われた通り、先に風呂に浸る。
「ふぅぅぅ~~~……。それにしても、何か忘れてる気がするんだよなぁ……。まぁ、大した問題でもないだろう。ちゃんと風呂の使い方とかも教えたし」
しかし、事件が起こった。
それは俺が風呂から上がって、シズさんが三十分ほど風呂に入った後だった。
「っくころおおおおおおお!!」
「な、なな、なんだ⁉」
突然の叫び声にびっくりしてすぐさま風呂場に入ってしまった。
「んな⁉」
「あ⁉」
そこにいたのは、何も身に着けていないシズさんだった。かろうじて手で大事な部分は抑えられていたが……。
「き、貴様宏! 本性を現したな⁉ 私の服がないではないか! 裸で過ごせということか!」
「い、いや、すいません!」
俺は急いで室外に出て、ドアを閉めた。
服のことをすっかり忘れていた……。
「す、すいませんがさっきまで来ていた服で過ごしてください!」
「っく!」
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