神々の祭壇

森本 有樹

神々の祭壇


 昔、軍隊にいて、南の島で戦争をしていた時の話。


 ありとあらゆるものは運に過ぎないというのは何度も聞いたことがある。

 例えば、国防大学の一般教養課程で取った社会学によると、本人の成功の原因は努力よりも運によるところが大きいという。SNSを開くと、親ガチャがどう、婚活イベントがどう、と自身のサイコロの振りの悪さについて嘆く言葉が見つかる。

 例えば、自分の機体の整備にあたった士官も言っていた。そいつは外の大学で最新のコンピュータを学んできたらしく、言うに、電子の軌道だか位置は確立でしか表せない、それを飛躍させると、今ここに自分が立っている確立は99.999……と「限りなく百パーセントに近い」というのが正しいという。

「そんなことを言ったら、こいつがある日突然、この吊り下げた核ミサイルがマッコウクジラとか、ペチュニアの鉢植えになったりするとでも」

「確立はゼロじゃあありませんね。」とそいつは笑って言った。まあ、あくまでそれこそ「ありえないレベルの可能性」だ。概念上の事で、考慮しなくてもいい。そう言っていたし、そう思っていた。

 あの日、初めてのベイルアウトを経験するまでは。


 その日の戦闘は、運がなかった。

 詳しい話は軍の機密に触れる事になるから語れないけど、敵戦闘機を無害な相手と誤認した俺は、いきなり回避不能の距離でミサイルを食らってしまった。即死は間逃れたが、エンジン以外のシステムが一気に死んだ。勿論、航法装置もだめ、いつも機嫌よく位置を飛ばしてくれる軌道精霊の導きも無し、燃料はどこから漏れていたのか、猛烈に減っていく。かろうじて生きていた旧式の油圧式操縦システムでもって手持ちの磁石だけで勘で飛ばすこと一時間、偶然だが、出発して、高度を上げる前に見た綺麗な岩礁が目についた。よかった。味方の基地の方に近づいているい、方位も自信が持てる、あと百キロばかり西に飛べば帰れる。そう思った時、突然エンジンが吹き飛び、俺は意識を失った。


「大丈夫ですか?」

 海面に叩きつけられて、意識のシャットダウンを超えた先で聞こえたのは、そんな、南国のフルーツの果汁の様に脳に甘く響く少女の声だった。

「ああ、大丈夫だ。」

 起き上がって六感を回復させる。未だニューロンと魔術回路がコンクリートミクサーをぶちまけたような混沌から完全に立ち直っては居ないが、ぐらつきながらも二本足で立って歩くぐらいはどうにか出来た。南国特有の褐色エルフの水着の少女が自分の手を握っている。

「御武運がお強いようですね。」

 ははは、そうだろう。と俺は笑った。運、今にして思えば、この単語を彼女が口にしたことについて、もっと真剣に考えるべきだった。が、この時の俺は好意とだけ受け取って、彼女の導きのまま浅瀬から陸を目指した。その間に、彼女にこの島のことについて色々聞いた。

「私達は、過去に存在した海洋帝国の末裔と言われています。」

 長い階段をのぼりながら、彼女はそう説明した。

 海洋帝国、俺も歴史としては知っている。事の始まりは、違う世界から跳ね飛ばされてきた転生者がやって来たことだ。その時、海洋帝国はこの世界に来た彼を抱擁し、そして世界征服に必要なテクノロジーを得、異世界人のテクノロジーで一夜で世界征服をして、そして彼が死ぬと付け焼刃のノウハウと見よう見まねで動かして来た海洋帝国は突然一夜で消え去った。たまに嘘だという人もいるか、嘘じゃあない。証拠に、この時代を起点に世界には機械産業が生まれ、そこで伝わった単位系は現代文明の基礎になっている。

「そうですね。ですが、その因果について私達の島々には、一つ、外部とは違う部分がありまして……」

「それは?」

「それは……かの転生者は、我々の方から呼んだという事です。」

 ほう、と俺は少し驚いたふりをした。神に祈るとか、そういう風習は珍しくないし、召喚魔法と組み合わせた場合、稀にためになるものが異世界から流れつくこともある。

「かの転生者を呼び出した先代達はその軌跡に喜び、そしてその喪失を嘆きました。そして、そこから立ち直ると、彼らは未来に一つの誓いを立てます。それは……」

それは……と疑問形で返した俺は彼女の口に視線を合わせて次の言葉が紡がれるのを待った。

「もう一度SSR級の転生者を引いて、そして、再び世界を征服すると。」

「……はあ?」

 俺は呆れ返った、という類の思考が高等な言葉に行きつく代わりにありきたりな脊髄反射を返した。

 世界征服は、まあ、良いだろう、だが、その手段があまりにも他力本願ではないか。確かにエルフの寿命は長いから他の生き物が一生に一度起こるかどうかの奇跡に何度も出会える確立はたかかろう。だが、余りにも運に頼りすぎだ。

「おかしい、ですか???」

「うん。絶対おかしい。」

 そんな事より、もっと手近な所から始めたらどうだと俺は言った。例えば、金を貯める。軍隊を強化する。そうやってこつこつと準備をすればいいじゃあないかと。現に、この国の中立宣言など無視して住人に被害が無ければいいだろうとお構いなしに戦闘機や軍艦が毎日この付近に姿を現している筈だ。そんな無力さから目を背けて、運頼みの世界征服だと?馬鹿げている。

 だが、彼女はそれこそ異常だと言わんばかりに驚いて反論する。SSRを引いてしまえば全てを解決できる。それまでどんなに勤勉を働き、他人にへりくだり、ビジネスを積み重ねていても、破壊的イノベーションが来れば全ては無に帰る。商慣習は笑われ、信頼で築いてきた不文律は野蛮な因習となる。今まで身に着けた技術の大半も無意味と化す。ならば、積み重ねなど、最初から不要だ。無限の可能性のある召喚術さえ理解すればいい。と自信たっぷりに彼女は言う。そんな彼女に俺は、お、おうとだけ答えた。

 彼女の手引きで辿り着いたのは、学校だった。なんでも、付近の島々で、「運がいい」若者が集められ、島々から集められた魔法石で儀式を執り行う。これが、基礎教育を終えたこの国の若者の最終学府であるというのだ。

 聞くに、服装は男子校も女子校も水着一択、これは転生者が現れた場合、丸腰で悪意はないことを伝えるのに最も適した服装であるからとされている。

 幸い、大人は直ぐに見つかった。連絡し、中立条約によって許可された船に乗って3日後には祖国の方面に旅立てるらしいことが決まった。その間、宿直室を借りる権利も貰った。

 そのうち、二日間は暇なものだった。学生の彼らは熱心に数学と語学を勉強する。転生者が来た時に、素早く言葉が解析出来て、進んだ科学に対応できる様に、という理屈を除けば最高学府に相応しい授業の様だ。様だ、というのは彼らほど俺は頭がよくないからだ。

だが、時より妙な時間がある。運を高め合うといってコイントスを行ったり、彼らの宗教のシンボルである箱に入った猫の印に祈ったりという時間だ。だが、それはその後に見る事になるものに比べれば、些細な問題でしかなかった。

それは、異変は旅立ちの日を前にした夜に起こった。俺は教師たちに「ガチャを見に行かないか?」と誘いを受けた。

ガチャ?と聞き返すと、神から幸運を貰う儀式らしい。一応それを見るべく俺も外の広場へと集まる。

 野外の集会場に行くと、そこには生徒たちが全員集合していたため、

少女たちはやけにでかい魔法陣を取り囲むと何やら術式を起動させている。生徒や先生たちは、今度こそ、SSRを引けますようにと祈る。さて、何が起こるかと見ていると、そこに光の粒が集まり、その光と共に神が顕現した。

「奇跡が欲しくば、魔力を捧げなさい。」

 代表の最幸運生徒が魔力石を捧げる。きっかり30個、数え間違いなしだ。それから、神の光が強まったと思うと、何やら無数のカードがきらきらと回転する。そして、宝箱が書がれたカードが現れるとその真下のに何か巨大な機械が現れた。

 俺はその機械を覗き込んだ。何やら銀色の機械で、真ん中には何かエネルギーの発生装置のようなものが鎮座している。そして、その機械は、転生者の文字が使われていた。そこにある、辛うじて読める部分には、こう書かれていた。


転送装置


「は?」

 一瞬頭が真っ白になったが、よく考えてみればそうだ。この島と同じように運頼みで全てを解決しようとするの奴は他にいるだろう。ならば、競争に勝ち、自分達の運の質、量を高めるには?試行回数を相手ごと引き抜くという方法が一番いいことになる。

 俺は蒼くなった。どこか、見知らぬ世界に連れていかれて運をこってり絞られるのだ。立ち上がる。生徒も先生達も、久々の幸運に目を輝かせていて、そのまま盲目になっている。

 やばい。このままでは大変なことになるぞ。俺は反射的にあの時助けてもらった彼女の手を引いて走り出した。

 ピ、ピ、と機械が知らぬ言語でカウントダウンを始めた。あの転送装置が「起爆」する間に少しでも距離を取らなければと思った。そして長い階段を下りて海へ、そこに止まっていたボートに飛び乗って俺はとにかく沖へ沖へと急いだ。

 やがて海が荒れてボートが転覆する。再度ボートに乗る時間が惜しい、俺は泳ぎ始めた。

 次の瞬間、バタつかせていた足の裏側に冷たいなにかが突然現れた。振り替えるとまるで油膜みたいな何かが球形に存在していた、それが、次の瞬間、ぱちり、と音を立てて消え去る。唐突に球形の空間は消滅し、海がボウルの内側みたいになっていた。海水がそこに向けてなだれ込む。俺と彼女はその流れの中で抱き合って嵐が過ぎ去るのを待った。



 俺はその後、普通に部隊に戻って終戦を迎えた。

 あの時一緒に脱出した少女は、しょうがないんで俺が養子縁組して、大学を出るまで面倒を見てやった。互いに結婚した後でも時たま連絡を取り合うぐらいの仲は続いている。ただ、やっぱり故郷の話になると、ほんの少し嫌な顔をする。まあ、当然だろう。

 島の方は、知っての通り、消滅した。海底まで球形に抉り取られていたらしく、一説には異世界に転生した、っていう奴もいるけど、本当のところどうだかわからない。

 だけど、LCCの定期ルートであのあたりを飛んでいると、ふと思うんだ。あいつらは、だま、どっかで世界征服の夢を見ながらSSRを引く儀式を続けているんじゃないかって。何でそう思うかって聞かれると、そうだな、あんなに失念深い連中が諦める訳がない気がしてならないんだ。

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