サンタクロースは来なくても

 施設に入った年のクリスマス。サンタクロースが初めてプレゼントをくれた。私は悪い子だからと、一度もくれなかったのに。プレゼントの中身は私が欲しかった物だった。施設の人はサンタさんがくれたと言っていたけれど、その時私は気づいた。サンタクロースなんて本当は居ないのだと。大人が言うこと聞かない子供を言いなりにさせるために生み出した存在なのだと。そうなんでしょうと施設の大人を問い詰めたかったけれど出来なかった。そんな生意気なことを言えば殴られると思ったから。ありがとうと、笑顔を作ってお礼を言った。

 翌年も翌々年も、サンタクロースは私が欲しがったプレゼントをくれた。私が施設に入ってから毎年。今まではくれなかったのに。人が変わったようだった。実際変わったのだろうと私は確信していた。


 それからしばらくして、海菜さん達に引き取られてから初めてのクリスマスが近づいてきた頃、海菜さんが皿洗いをしながら私に問う。「愛華、今何か欲しいものある?」と。私は思わず手を止めて投げかけられた問いの理由を聞いた。


「もうすぐクリスマスだろう? クリスマスプレゼント、なにがほしい?」


「……そのプレゼントは、サンタさんが持ってくるの?」


「ん? うーん……なんでそんなこと聞くのかな」


 そう問い返され、私は思わず謝った。聞いてはいけないことだった。怒られる。そう思ったから。すると海菜さんはわざわざ皿を洗う手を止めて、私と向き合って目線を合わせた。


「謝らなくて良いよ。そんなこと聞くなって言ってるわけじゃない。何か気になることがあるならどんどん聞いて良いよ。聞いていけないことなら、答えないだけだから。怒ったり殴ったりしないよ。大丈夫」


 彼女はそう優しく笑って私の頭を撫でる。


「……わ、私……」


「うん」


「その……こ、怖いの。サンタさんが」


「サンタさんが? どうして?」


「……私、ずっとサンタさんからプレゼントもらえなかった。悪い子だからって。けど、施設に入った途端に急に優しくなって……まるで、人が変わったみたいで……」


「……ああ、なるほどね。そうか……それはちょっと、配慮が足りなかったかもしれないな……」


 そう呟くと、彼女はうーんと悩むように腕を組んだ。そして言葉を選ぶようにぽつりぽつりと言葉をこぼす。


「……愛華、サンタクロースの正体についてどう思う?」


「……」


「言っていいよ。正直に」


「……サンタさんなんて、居ないと思う」


「……うん。そうだね。サンタクロースなんて人は居ない。でも、お友達には内緒にしておいてね」


「……どうして、大人はサンタクロースからプレゼントをもらったって嘘をつくの? なんで自分からって言わないの? 言うこと聞かない子はプレゼントあげないっておどすため?」


「……確かに、お伽話をそういう風に利用する大人もいるかも知れないね。けど……うーん……」


「……困らせてごめんなさい」


「ううん。良いよ別に。むしろ聞けてよかった。私達もサンタクロースのフリをして君にプレゼントを渡す計画してたからね。けどそれは、良い子じゃなくなったらプレゼントあげないからこれからも良い子で居続けなさいって君を脅すためじゃないよ。君に喜ぶ顔が見たいから」


「……喜ぶ顔が見たいから……?」


「私達からのプレゼントって言ったら君、遠慮するだろう? だから、サンタクロースっていう魔法使いからのプレゼントってことにしたら遠慮せずに欲しいものを言えると思ったんだけど……君には逆効果だったかもしれないね。先に知れてよかったよ。話してくれてありがとう。改めて聞くけど、何か欲しいものはあるかな。サンタクロースの代わりに、私と百合香から君にクリスマスプレゼントを贈りたいんだ。食べたい物でも良いし、やりたいことでも良いよ」


「……えっと……」


「特に無い? 無いなら私達で勝手に選んじゃっても良いかな」


「……あの……」


「うん。良いよ。なんでも言って」


「ぬ、ぬいぐるみ……」


「ぬいぐるみ?」


「あの、リリカとひなたみたいに、私のぬいぐるみも作ってほしい」


 リリカとひなたは、二人がお互いに送り合ったぬいぐるみだ。黒猫のリリカは海菜さんから百合香さんに、狐のひなたは百合香さんから海菜さんに。それぞれ、お互いをイメージして作ったと聞いていた。なら私の分も作ってほしいとねだると、海菜さんは嬉しそうに「分かった。百合香サンタにも伝えておくよ」と笑った。


 そしてクリスマス当日。朝起きると、机の上にはサンタのコスプレをしたひなたとリリカがいた。そしてその後ろに隠れるように、二体より一回り小さい子犬のぬいぐるみ。子犬も二体と同じように白いポンポンがついた赤い帽子を被って赤いジャケットを着ている。もしかしてと思い飛び起きると、ぬいぐるみの首輪にメモが挟まっていることに気づく。そこには百合香さんの字でこう書いてあった。


 メリークリスマス。海菜からあなたの希望を聞いてぬいぐるみを作ってみたけど気に入ってくれたかしら。この子にはまだ名前が無いから、良かったらあなたが名前をつけてあげてほしい。ちなみに、このサンタクロースの衣装は海菜が作ったの。貴女はサンタクロースのことが怖いと言っていたけれど、リリカサンタとひなたサンタはどう? 怖い?

 私達は決して、あなたを私達の理想の娘に育てるためにあなたを引き取ったわけじゃない。あなたと家族になりたいと思ったから、あなたをこの家に迎えたの。私たちにとって都合の良い子だからじゃない。ありのままのあなたと家族になりたい。そのことはどうかこれからも忘れないでいて欲しい。

 これからも、遠慮なく、たくさんわがまま言ったり、わからないことを聞いたりしてください。私達は神様じゃないからあなたのわがままを全て叶えてあげることは出来ないけれど、出来る限りのことはしてあげたいから。私も海菜も、あなたを愛しています。


「っ……」


 涙が溢れ、手紙に雫が落ちる。百合香さんの綺麗な文字はすぐに滲んで見えなくなってしまった。涙が止まる頃には、メモは濡れてボロボロになっていた。だけどそこに書かれていたことは大人になった今でも一言一句思い出せる。きっと死ぬまで忘れないだろう。

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