家族(後編)

 海菜さんの家族への挨拶を終えた数日後。今度は百合香さんの家族へ挨拶に行くことに。今回は百合香さんも一緒だ。


「そういえば愛華、鳥って平気?」


「とり?」


「ええ。ヨウムっていう大きめの鳥を飼ってるのだけど」


「ヨウム? オウムじゃなくて?」


「ええ。ヨウム」


「これだよ」


 海菜さんが助手席からスマホを差し出してくる。そこに写っていたのはウロコのような模様のある灰色の鳥。白目の中心に小さめの黒目。なんだか目つきの悪い鳥だ。


「ヨウくんはこう見えて陽気だから。動画もあるよ。ほい」


 海菜さんのスマホで動画が再生される。そこに映るヨウムはクールな見た目とは裏腹に、陽気に頭を上下に振りながら止まり木の上をうろうろしている。よく聞くと、何かを喋っている。音を上げてみると「オヤツ、オヤツ」と言っているように聞こえる。「はいはい。あげるから」と、苦笑するような声とともにリンゴが差し出される。百合香さんの声だ。ヨウムはそのリンゴを足で受け取ると「イタダキマス」と言いながら食べ始めた。「おいしい?」と問う百合香さんの声に「ウマイウマイ」と返事をする。完全に会話している。


「しゃ、しゃべってる……!」


「あははっ。びっくりするよね。五歳児並みの知能があるらしいよ」


「五さい……おーちゃんたちと同じくらいってこと?」


「そうなるね」


「すご……。ほかにも動画ある?」


「あるよ。『ヨウくんコレクション』って名前のフォルダにまとめてある」


 ヨウくんコレクションという名前のフォルダを開く。動画が大量に出てきた。どの動画も、中に人が入ってるのではないかと思うほど会話が成立している。写真を見た時は少し怖いイメージだったが、動画を見ているうちに会うのが楽しみになってきた。


「着いたわよ。ここが私の実家」


 有料駐車場に車を停めて少し歩くと、海菜さんの実家より少し大きめな家が見えてきた。庭も海菜さんの実家より広い。


「百合香さんって、おじょうさま?」


「そんなことないわ。普通の家よ」


 百合香さんがインターフォンを押し、待っていると駐車場に車が入ってきた。運転席から男性が降りてきて「久しぶり」と手を挙げる。


「久しぶり。兄さん。愛華、彼が私の兄よ」


「は、はじめまして……愛華、です」


「初めまして。小桜こざくらあおいです」


 葵さんは自己紹介をすると、後部座席のドアを開ける。「パパー!」と、幼い女の子が葵さんに飛び付く。葵さんはその子を抱えながら、奥に座っていた女性に手を差し伸べる。葵さんの手を取ってゆっくりと降りてきた女性は、お腹だけが異様に大きかった。あのお腹の中には多分赤ちゃんがいる。それに気づくと、なぜか少し心がざわついた。その理由は当時の私にはまだ分からなかった。


「妻の菜乃花なのかと、娘のはるです。それと、妻のお腹にもう一人。名前はまだ決まってないけど、男の子らしいです」


「陽ちゃん、百合香叔母ちゃんと、海菜叔母ちゃんと、それから二人の娘の愛華お姉ちゃんだよ」


「はるでしゅ」


「陽ちゃん、何歳になったんだっけ?」


「にしゃい」


 そう言いながら指を三本立てる陽ちゃん。菜乃花さんが一本折りたたんで2本に直す。微笑ましい姿にほっこりしていると、家の玄関の方からドアが開く音が聞こえてきた。振り返ると、ドアが開いて中年の男女が出てくる。女性の方は葵さんに、男性の方は百合香さんにどことなく似ていた。しかし、雰囲気は逆だ。


「あら。百合香達も来てたのね」


「こんにちは。お義母さん、お義父さん」


「こんにちは。その子が君達の?」


 百合香さんのお父さんが私に視線を向ける。百合香さんのお父さんならきっと優しい人だとは思うが、やはり反射的に海菜さんの後ろに隠れてしまう。すると、百合香さんのお母さんが私に近づいてきて私の前でしゃがむ。


「愛華さん……だったかしら。私は小百合さゆり、こっちは夫の優人まさとさんよ。私達は百合香の親で……あなたからみたら、一応祖父母——つまり、おじいちゃんとおばあちゃんということになるわね」


「正直、まだ実感は無いのだけど」と彼女はぎこちなく笑うがそのぎこちない笑顔のまま「これからよろしくね。愛華さん」と締め括った。どう接したらいいか分からないという気持ちが伝わってくるが、同時に、それでも歩み寄ろうという気持ちも伝わってくる。初めて会った時の百合香さんに少し似ている気がして思わず笑ってしまうと、小百合さんの表情も少しだけ緩んだ。


「あ、そうそう。うちにはもう一人家族が居てね。紹介するから中に入って」


 優人さんに招かれ、百合香さんと手を繋いで家の中に入る。靴を脱いで、向きを揃えてから玄関に上がる。そのまま優人さんに着いていくと「オカエリ、オカエリ」と奇妙な声が聞こえてきた。動画で聞いた声だ。ただいまと言いながらリビングに入っていく優人さん達に続き、リビングに入る。鳥籠の中に動画で見たヨウムが居た。うきうきと頭を振っていたが、私を見た瞬間動きが止まり、身体が細くなる。優人さんの許可を得て鳥籠に近づく。するとヨウくんは身体を細めたまま「ダレデスカ」と言いながら私から遠ざかる。目も合わせてくれない。


「あははっ! 出た! いつもの!」


 菜乃花さんがヨウくんの反応を見てゲラゲラと笑う。ヨウくんは極度の人見知りで、初対面の人の前では毎回こうらしい。


「ヨウくん、こんにちは」


 海菜さんが私の反対側に回り込んでヨウくんに声をかける。するとヨウくんは「コンニチハ」と挨拶を返しながら海菜さんの方へ歩いていく。そして「ヨシヨシシテー」と甘えるように言いながら籠の隙間に頭をはめた。海菜さんが隙間から指を入れて頭を撫でてやると、ヨウくんはうっとりとした顔をする。


「ふふ。気持ちいいねヨウくん」


「ヨウクン、キモチイイ」


「気持ちいいねー。よしよし」


 本当に会話出来るんだなと感動していると、百合香さんが何故かそわそわしていることに気づく。百合香さんもヨウくんと触れ合いたいのだろうか。


「百合香さん、ヨウくんさわったことある?」


「えっ? え、えぇ。あるわよ」


「わたしがさわってもかまないかなぁ」


「触りたいの?」


「うん。でもこわいからいっしょにきて」


 百合香さんを連れてヨウくんの元へ行く。ヨウくんは私に気付き、身体を細めて逃げていってしまうが、百合香さんが呼び戻すと恐る恐る戻ってきた。しかし細いままだ。


「大丈夫よ。この子は私の娘なの。あなたに危害を加えたりしないわ」


 百合香さんはそう言うと、ヨウくんに見せるように私を抱き上げる。するとヨウくんはさらに遠慮がちに近寄り、籠の隙間に頭を押し付ける。これは、心を許してくれたということで良いのだろうか。百合香さんの方を振り返ると、彼女は笑って頷いた。海菜さんがしたみたいに、指を籠の隙間から差し入れる。触れた瞬間、わたのようなふわふわな感触が指先に伝わってきた。そして、ほんのり温かい。


「わぁ……あったかい……きもちいい」


 思わず呟くと、ヨウくんが私の真似をするように「アッタカイ、キモチイイ」と呟く。本当に気持ちよさそうだ。可愛くてついずっと撫でてしまう。百合香さんに触らせてあげようと思っていたことを思い出し、手を止めて百合香さんに交代する。


「私?」


「うん。ずっとそわそわしてたから。さわりたかったのかなって思って。あれ。ちがった?」


「えっ。あ、あれは……その……」


 口籠る百合香さん。すると菜乃花さんがニヤニヤしながら「ヨウくんに妬いてたんじゃない?」と言う。まさか鳥相手にと思ったが、百合香さんは否定しなかった。「帰ったら百合香のこともいっぱいよしよししてあげるね」とニヤニヤしながら百合香の頭を撫でる海菜さん。そんな二人を見て、百合香さんの家族は苦笑いしていた。私も思わず苦笑いしてしまうが、家と変わらないやり取りをする二人を見ていると、この家の人達ともうまくやっていけるような気がした。

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