君に会えない二日間(後編)
翌日。今日は希空達が帰ってくる。夕方ごろに名古屋に着くと聞いている。たった二日間、私の方は特に何も変わらない一日だったけれど、話したいことは沢山ある。数分の電話では足りないくらいに。駅まで迎えに行きたいくらいだが、希空達以外の同級生と会うのは少し気まずい。そう思っていると、家のインターフォンが鳴った。海菜さんが対応してしばらくすると、何故か私を呼びに来た。
「誰?」
「涼ちゃん」
「涼さん?」
翼のお姉さんが私に何の用だろうと思い、玄関を出る。
「六時過ぎぐらいに翼達を迎えにいくんだけど、良かったら一緒にどうかなって思って」
「行きたいけど私……同級生に会うのは……」
「大丈夫だよ。車で行くから。中で待っていればバレないバレない」
「バレない……ですかね……」
それでもやはり不安だと思っていると、海菜さんが伊達眼鏡を持ってきて私の顔にかけた。
「お守り。眼鏡だけでも案外顔の印象は変わるものだよ」
「……ありがと。海菜さん」
「うん。大丈夫だよ。行っておいで」
と、そんなわけで夕方六時過ぎ。百合香さんが帰ってくるのを待って、事情を話してから海菜さんに借りた眼鏡をかけて、涼さんの車に乗り込む。
「マナちゃん、助手席で良いの?」
「え? はい」
「希空ちゃんの隣じゃなくて良い?」
「あ、じゃあ後ろ行きます」
「ん」
助手席から後部座席に移動し、カバンを膝の上に抱える。そういえば、この車は軽自動車だ。四人までしか乗れない。まず翼は乗るとして、希空も乗ったらもう定員オーバーだ。桜庭くんはどうするのだろう。やはり来ない方が良かっただろうかと思っているうちに駅に着いてしまった。近くのパーキングエリアに車を止めて、涼さんは翼達との待ち合わせ場所へ向かう。
車内に残り、窓の外を眺めていると、駅の方から中学生くらいの集団が出てくるのが見えて咄嗟に座席の隙間にしゃがむ。車の外から聞こえる喧騒に、私への暴言が混じっているような気がして心臓が騒ぐ。やっぱり、大人しく家で待っていれば良かった。そう後悔しかけた瞬間、ピピッと車のロックが解除される音が聞こえた。窓の外から誰かが車内を覗き込む。希空だ。目が合うと笑って手を振った。そしてドアを開ける。すると「うぉっ、びっくりした!」と桜庭くんが私に気づいて驚く。
「なんでそんなところに。てか何その眼鏡」
「変装。誰かに会うと気まずいから。けど、やっぱり不安で……思わず隠れちゃった……」
「家で待ってて良かったのに」
「うん……でも、少しでも早くみんなに会いたかったから」
「んだよそれ。どれだけ俺らのこと好きなんだよ」
「てか、マナがいるってことは桜庭くん乗れないね」
「あー、四人乗りなのか」
「ごめんね」
「いや、別に良いよ。元から俺は電車で帰るつもりでいたし。それより、顔見れて良かった。わざわざ来てくれてありがとな」
そう言って桜庭くんは笑う。そして私にお土産のもみじ饅頭をくれた。
「それ、みんなで割り勘して買ったやつ。俺と坂本と小森と、あと春日」
「ありがとう。翼と希空も、ありがとう」
「じゃあな、小桜。また今度」
「うん。また今度」
「おう。坂本と小森も、またな」
去っていく桜庭くんを見送って、希空が座れるように後部座席の奥に詰めてから苺ちゃんにも忘れないうちにお礼のメッセージを送る。翼が助手席に座り、希空が私の隣に乗り込んでドアを閉めた。
車が動き出す。
「愛華、とりあえずカナ返すね」
「ありがとう」
希空のリュックから出てきたカナの制服の胸ポケットからは、もみじ饅頭のかぶりものをした白猫のキャラクターが顔を覗かせていた。
「わっ、なんか居る!」
「そのポケットに入ってるのはボクからのお土産。で、これは長崎で買ったカステラね。もみじ饅頭と一緒でみんなと割り勘したんだ」
「ありがとう。お母さん達と一緒に食べるね」
「うん。あとこれ、修学旅行の写真」
希空が見せてくれたカメラには、ハートの形をした石と一緒に写る希空の姿。その腕にはカナが抱かれている。
「このハートの石って、グラバー園の?」
「そう。見つけると恋が叶うってやつ。ボクはもう叶ってるけどね」
「ふふ」
「惚気やがって」と翼が苦笑いしながら呟く。
他の写真を見ても、大体カナが一緒に写っている。新幹線の中から景色を眺めるカナの写真や、並べられた食事と一緒に写っているカナの写真、カナが希空のリュックから顔だけ出している写真など、カナ主体の写真も多い。
「後で写真送るね」
「うん。ありがとう」
カメラを希空に返す。すると彼女は私をじっと見つめる。
「な、なに?」
「……いや。眼鏡、似合ってるなって思って。可愛い」
「あ、ありがとう……」
「……うん。可愛い」
「に、二回も言わなくていいよ……」
「かーわいい」
「もー……」
「あ、そういや、帰ったらいっぱいぎゅーしてって言ってたね」
「そ、それは今じゃなくていいから!」
「えー」
「えーじゃねえよ。人の家の車の後部座席でいちゃいちゃすんな」
「ところで、そろそろ家着くけど、一旦通り過ぎてマナちゃん送っていったほうがいい?」
翼と希空の家は隣同士で、私の家はそこから少し離れている。とはいえ、徒歩で十分もかからない距離だ。
「あ、えっと、ここで大丈夫です。一緒に降りて歩いて帰ります」
「ボク送ってくよ」
「大丈夫だよ。一人で帰れるから」
「送らせて。少しでも長く君といたいから」
「……分かった」
「私もついて行く。一人より希空と二人きりの方が危ないからね」
「おい」
「じゃあ、私も」
「お姉ちゃんは帰ってよし。運転ご苦労」
「ついていきまーす」
「ちっ……」
「舌打ちしないの」
車を坂本家の車庫に戻し、結局全員で私の家まで歩くことに。不満そうに唇を尖らせぶつぶつ言いながら私の隣を歩く希空の手に、恐る恐る触れる。意図を察したのか、彼女は私を見て優しく微笑むと、私の指に指を絡めてしっかりと握りしめる。指先から伝わる生暖かい体温が、全身に熱を送る。このまま、家に着かなければいいのに。そう思った次の瞬間にはもう家に着いていた。
「じゃあマナ、また明日」
「うん。またね」
遠ざかっていく彼女に手を振る。そのまま見えなくなるまで見送っても、彼女から貰った熱はまだまだ冷めないままだった。
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