君の居ない修学旅行(中編)
修学旅行二日目。行き先は長崎。ここでも戦争体験の話を聞かされた。『正直もう良いよ』という誰かのうんざりする声に同意しつつ、それだけ大事なことなのだろうと思い、メモを取りながら真面目に聞いた。
その後、一日目と同じ班で長崎を散策する。まずは近くの公衆電話へ。受話器を取り、百円を入れて、愛華のスマホにかける。
「おはよう。愛華」
「おはよう希空。今日は長崎行くんだよね」
「うん。カステラが有名らしいから買ってくるね」
「やった! カステラ楽しみ!」
朝から元気だなと微笑ましくなる。
「ふふ。今日は元気だね。昨日はよく眠れた?」
「うん。昨日は途中からお母さんの部屋で寝たんだけどね、凄い良い匂いがしてね」
「良い匂い?」
「ベッドに香水かけてるんだって」
ベッドに香水。それは本当に、眠るためにかけているのだろうか。『私は妻のこと常に性的な目で見てるけど』という海菜さんの言葉が蘇る。浮かびかけた映像をかき消し、彼女との会話に意識を戻す。
「へ、へぇ。そうなんだ。おしゃれなことしてるね」
「でしょ。安心してぐっすり寝れたから、今度私もやってみようと思って」
「そうなんだ。じゃあ今度、一緒に香水見に行く?」
「うん!」
楽しみだなぁと彼女は声を弾ませる。香水なんてきっと、一人だったら縁のなかったものだろう。
「あ、二人で違うもの買ってさ、お互いの香水と、自分の香水一個ずつ持つのはどう? そしたらほら、枕とかにかけて使えるし」
「……枕とかにかけて使う」
「眠る時に使ったら一緒に寝てるみたいで安心するかなーって思って」
「あ、あぁ、そういう……」
「ん?」
「いや……なんでもない……」
変な想像をした自分が恥ずかしい。
しかし、眠る時に彼女の匂いがしたら安眠どころかドキドキしすぎて眠れない気がする。
そんな他愛もない話をしているうちに、時間はあっという間に過ぎていく。まだまだ話し足りないけれど、みんなを待たせてしまうからあまり長電話は出来ない。
「そろそろ行くね。愛華」
「うん。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
電話を切り、翼達と合流する。行き先は、翼と春日さんのリクエストでグラバー園。道中、眼鏡橋で写真を撮り、ちりんちりんアイスという謎の屋台の上りに目を引かれ、立ち止まる。注文すると、薔薇の形のアイスクリームが出てきた。販売員のおばちゃん曰く、ちりんちりんというのは移動販売車の鈴の音が由来で、薔薇は特に関係ないらしい。
アイスを食べて少し休憩をして、グラバー園へ。翼と春日さんは見つけると恋が叶うというハートの形の石を必死になって探していた。
「恋が叶う……ねえ」
「桜庭くんはそういうジンクスとか信じなさそうだね」
「うーん。まぁ。てか俺、今、恋とかしてないし」
「……ふーん」
「……なんだよチベットスナギツネみたいな顔して」
「マナのこと、まだ好きなように見えるけど」
「そりゃ好きだよ。多分ずっと好き。けど、それはもう恋じゃない。友達として、人としての好き」
「ふーん……」
「あ。てかこれじゃね? ハートの形の石」
桜庭くんの呟きを聞きつけ、近くを歩いていた同級生がわらわらと集まってくる。みんなハートストーンを探していたらしい。人の波が落ち着くのを待ってから、石の写真を一枚。近くに居た姉川先生にカメラを預けて、カナも入れて全員で一枚。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。ぬいぐるみ可愛いね。小桜さんから預かってきたの?」
「カナっていうんです」
「へー。名前があるんだ。ちゃんと桃花の制服まで着て……凝ってんなぁ……」
「先生、何そのぬいぐるみ」
「制服着てるじゃん。先生が作ったの?」
姉川先生の元に生徒達が集まってくる。先生がボクらの代わりに事情を説明すると、カナと一緒に写真を撮りたいと次々に申し出る。数人ずつ撮り、最後に先生を入れて全員で一枚。全員クラスはバラバラだが、一クラスの半分くらいの人数は居る。彼女の陰口を聞く毎日だったけれど、彼女の帰りを待つ人はボクら以外にも居るのだと改めて実感する。だけど彼女はもう卒業まで学校に来ることはないだろう。そのことを彼らに伝えることは出来なかった。
その後、愛華に頼まれていたカステラを買って旅館へ。食事と風呂を終えた後、荷物を置いて、彼女に電話をかけるために外に出る。
「こんばんは愛華」
「うん。こんばんは希空。二日目、お疲れ様」
「頼まれたカステラ買ったよ」
「ありがとう。いよいよ明日、帰ってくるんだよね」
「うん。夕方くらいにそっちに着くよ」
「帰ったらお話いっぱい聞かせてね。楽しみにしてる」
「うん。じゃあ、またね。おやすみ」
「おやすみなさい希空」
電話を終えて部屋に戻ると、春日さんと翼はもう寝ていた。疲れていたのだろう。そんな中、桜庭くんが訪ねて来たが、二人とも寝ていることを話すと残念そうに帰っていった。
「また明日な。小森。おやすみ」
「おやすみ」
部屋に戻り、布団に入って電気を消す。明日は名古屋に帰る。長いようで短い二日間だった。今度改めて愛華も連れてくる時はどこへ行こうか。そんなことを考えながら、カナを抱いて眠りについた。
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