君の居ない修学旅行(後編)

 修学旅行三日目。今日は駅まで涼さんが迎えにくることになっている。新幹線の窓の外で目まぐるしく変わる景色をカナと一緒に眺めていると、だんだんと景色がぼやけていく。


 気づいたら名古屋に着いていた。翼に起こされ、新幹線を降りる。学年全員が揃ったところで点呼を取り、学年主任のありがたいお言葉をもらい、解散となった。まだ意識がぼんやりとしている中、翼に手を引かれて歩く。


「あ、居た。お姉ちゃん!」


「翼!」


 涼さんが翼に抱きついた衝撃で繋がれていた手が外れる。同時にようやく目が覚めた。


「あ、やっぱり桜庭くんも一緒だったか……」


「えっ。俺も一緒だとなんかまずいんすか」


「いや、良いんだけど……とりあえず、駐車場行こうか」


 涼さんに案内され、駐車場へ。車のロックを解除してもらい、ドアを開けようとすると座席の間に何かあるように見えた。もしやと思い覗くと、顔を上げた愛華と目が合う。何故か眼鏡をかけていた。


「なに。何か居るの?」


「うん」


 ドアを開ける。すると愛華に気づいた桜庭くんが「びっくりした!」と声を上げた。


「なんでそんなところに。てか何その眼鏡」


「変装。誰かに会うと気まずいから。けど、やっぱり不安で……思わず隠れちゃった……」


「家で待ってて良かったのに」


「うん……でも、少しでも早くみんなに会いたかったから」


「んだよそれ。どれだけ俺らのこと好きなんだよ」


「てか、マナがいるってことは桜庭くん乗れないね」


「あー、四人乗りなのか」


「ごめんね」


「いや、別に良いよ。元から俺は電車で帰るつもりでいたし。それより、顔見れて良かった。わざわざ来てくれてありがとな」


 そう言って桜庭くんは笑う。そして彼女にお土産のもみじ饅頭を渡した。


「それ、みんなで割り勘して買ったやつ。俺と坂本と小森と、あと春日」


「ありがとう。翼と希空も、ありがとう」


「じゃあな、小桜。また今度」


「うん。また今度」


「おう。坂本と小森も、またな」


 桜庭くんを見送ってから愛華の隣に座る。車が動き出す。


「愛華、とりあえずカナ返すね」


「ありがとう」


 彼女に返したカナの制服の胸ポケットには、もみじ饅頭のかぶりものをした白猫のキャラクターをあらかじめ忍ばせておいた。それに気づいた彼女は「わっ、なんか居る!」と可愛らしいリアクションをしてボクの方を見る。


「そのポケットに入ってるのはボクからのお土産。で、これは長崎で買ったカステラね。もみじ饅頭と一緒でみんなと割り勘したんだ」


「ありがとう。お母さん達と一緒に食べるね」


「うん。あとこれ、修学旅行の写真」


 彼女にカメラを渡し、一緒に写真を見ながら解説をしていく。


「このハートの石って、グラバー園の?」


「そう。見つけると恋が叶うってやつ。ボクはもう叶ってるけどね」


「ふふ」


「惚気やがって」と翼が苦笑いしながら呟くのが聞こえた。

 

「カナ主体の写真、多いね。あ、園芸部のみんなだ。ふふ。みんな元気そうでよかった」


「後で写真送るね」


「うん。ありがとう」


 それにしても……。


「な、なに?」


「……いや。眼鏡、似合ってるなって思って。可愛い」


「あ、ありがとう……」


 可愛いと言われて恥ずかしそうに目を逸らす彼女。


「……うん。可愛い」


 思わず溢すと「に、二回も言わなくていいよ……」と顔を隠した。


「かーわいい」


「もー……」


「あ、そういや、帰ったらいっぱいぎゅーしてって言ってたね」


 両手を広げてハグをしようとするが「そ、それは今じゃなくていいから!」と押し返される。


「えー」


「えーじゃねえよ。人の家の車の後部座席でいちゃいちゃすんな」


「ところで、そろそろ家着くけど、一旦通り過ぎてマナちゃん送っていったほうがいい?」


 翼とボクの家は隣同士で、彼女の家はそこから少し離れている。とはいえ、徒歩で十分もかからない距離だ。


「あ、えっと、ここで大丈夫です。一緒に降りて歩いて帰ります」


「ボク送ってくよ」


「大丈夫だよ。一人で帰れるから」


「送らせて。少しでも長く君といたいから」


「……分かった」


「私もついて行く。一人より希空と二人きりの方が危ないからね」


「おい」


「じゃあ、私も」


「お姉ちゃんは帰ってよし。運転ご苦労」


「ついていきまーす」


「ちっ……」


「舌打ちしないの」


 車を坂本家の車庫に戻し、結局全員で彼女の家まで歩くことに。せっかく二人きりになれるチャンスだったというのに。唇を尖らせぶつぶつと文句を垂れ流しながら彼女の隣を歩いていると、何かが手にぶつかった。愛華の手だ。ボクの指先だけを恐る恐る握って、何かを訴えるようにボクの顔を見上げる。柔らかそうな唇に目がいってしまうが、なんとか堪えて、彼女の指に指を絡める。そのまま平常心を装って歩くが、心臓の音で周りの音が聞こえないほどだった。このまま引き返して家に連れ帰ってしまいたい。そう思っているうちに、彼女の家の前まで来てしまった。


「じゃあマナ、また明日」


「うん。またね」


 名残惜しいが、手を離して、彼女と別れる。


「戻って抱きしめて来て良い?」


「今度にしとけ」


「うぅ……」


「ははは」


 翼達と共に家に帰っても、まだ心臓は鳴り止まなかった。

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