第17話
「アマカツーーーー!!
喰らえ、ラスボスの必殺ワザを!!」
と叫びながら、コウタがスティック状のものを操作している。
(ラスボスだったんだ、それにしちゃ暮らしに馴染んでたけど・・・)
と、思う。
SS-1号の、普段は隠された爪がアマカツの顔の皮膚にめりこんでいるらしい。
なんともいえないうめき声をあげて大蜘蛛を剥がそうと、地面をのたうち回って格闘するアマカツ。反撃も虚しく、見る間に顔や上半身が、粘着質の白い蜘蛛の糸で覆われていった。
「ね、いざとなったら、あいつ、やるでしょ?」
とコウタがドヤ顔で言った。そういえば、最初に会ったとき、『SS-1号のほうが、いざとなったら』と言いかけて、わくに無視されていたっけ。
「わくのウォーターソードより強いぜ」
ああ、あれね。
「おせーよ、なんでもっと早く起動させねんだよ」
とわくが、アマカツにがっちりホールドされていた首筋をさすりながら不満げに責めた。
「リモコン、ポケットに入れといたのに、どっか行きやがった。さっき出したらフリスクだったし。今やっと見つかったんだよ」
「てめー、あの場でアマカツに息スッキリしてどーすんだよ!
ふざけんな。ポケットでなくなるわけねーだろ。おめーのポケット、ゴミだらけだからそーなんだよ!俺、マジ殺されるとこだったんだからな。くりこさんだって、すげー怖かったと思うぞ」
「すんまそん」
「いやいや。第一、コウタくんのせいじゃないし。しかも、あのとき、一番怖かったのは、わくくんが『やってみろ!』って言った、その瞬間だし」
と不満げにいうと、わくは涼しい顔で「ああ、ねえ」と納得している。
ああ、ねえ、じゃねえーーーー!!
気づけば、岩の振動は次第に大きくなっている。徐々に激しくなり、体感ではすでに震度4くらいまでになっている。
「やべ!!こりゃやばいわ」
と、2人の青年は顔を見合わせた。
「財宝がすべてなくなったら岩が自然消滅する仕掛け?」
と私は足がすくんだ。
「逃げるぞ!」
わくが私の手をつかんで、コウタがバッグを抱え、私たちは転げるように石段を降り、マッハのスピードで走った。高台から降りるとき、わくは蜘蛛の巣だらけのアマカツの体を石段の下に蹴り落として地震の震源地から遠ざけてやった。アマカツの体を縛り上げている蜘蛛の糸の束を少し引き出して、わくとコウタが2人がかりでその体を引きずって走った。
高台から降りたら、地面はまったく揺れておらず、平穏なままだ。
数十メートルほど離れてから振り返ると、あの岩のみでなく、高台も音を立ててくずれようとしていた。白い煙がもうもうと、闇夜に高く立ち昇っている。すべてが白煙とともに、歴史の彼方へと還っていくように見えた。
地面に座りこんで呆然と眺めているうちに、やがて、高台、みもろは、私たちの前から姿を消した。あとには、激しい振動によって掘り返され、かき回されたあとのような、新しい地面が露出していた。
「自販機とかねえの?」
わくがあたりを見回しながらつぶやいた。
「なあ」
と、口を開けて呆然と天変地異のような土煙に見いっていたコウタが、ふと我に返ったように反応した。
「うん、喉、カラッカラだね。とりあえず、元の遊歩道まで帰ろうよ」
と私がいうと、おーとつぶやいて、わくが立ち上がった。
「コウタ、こっから下、切ってよ」
と、アマカツのほぼ全身に巻き付いている蜘蛛の糸の、ヒザから下あたりを手で払いのけるような仕草をしながらわくが言うと、コウタはスティックで指示を与え、SS-1号が器用に脚を駆使して、アマカツに巻き付いている蜘蛛の糸を膝下くらいから切断した。
「重いからてめーで歩け」
わくがアマカツを無理やり立ち上がらせた。
「あーあ。せっかく捕食したのに。本日のSS-1号の餌なのに」
とコウタがニヤニヤしている。
「あれは、戦いじゃなくて、捕食としてプログラミングされてたわけ?」
と、ちょっとゾッとしながら私は聞いた。
「攻撃能力をともなう捕食行為です」
「じゃあ、このままにしていたら、そのうちアマカツは溶けるの?」
「明日の夜くらいまでには溶解完了っすねえ。大食らいなんで、アマカツくらいの人間はペロリっす」
「ああ、膝から下だけ残してな」
と、わくが不気味に笑う。
「どうすんだよ、首は」
と、コウタが飄々と聞く。どうすんだよ、ポテトは?という口調だ。
「そうだ、溶ける前に首だけはとっておかないとな」
わくが思案顔でアマカツを見た。
多分、蜘蛛の糸の下でアマカツは恐怖に顔をゆがませているはずだ。
口の中にも蜘蛛の糸が詰まってしまっているのか、彼の口からは、うぐっ、とか、ガグっ、とかの擬音しか聞こえてこない。
私はまた、悪夢の続きを見ているような気になった。
わくとコウタといっしょにいることが、とたんに恐ろしくてたまらなくなり隙を見てどこかで逃げなくてはと思ったりもした。
するとわくがアマカツに聞こえないよう私の耳元で、
「冗談ですよ。あの蜘蛛の糸には捕獲物を液化させる能力はないんです」
とささやいた。
「首は?」
蜘蛛の溶解力より断首だよ、問題は! わくは再び、耳元でささやいた。
「将門じゃないんですから。首なんか要らない」
「だってさっき・・・・」
「この刀を構えたとき、自動的に口をついて出たんです。でも、この刀の刃は、アマカツの首を狙って飛んだけど、突いただけで跳ね飛ばすことはしなかった。
わかりません。本当にやる気はなかったのか、あったけれど、千年のうちに気が変わったのか?」
「え、こんな、千年も続いてきた呪縛で、最終目的の気が変わるなんてある?」
「くりこさんはどう思うの?湧水一族として、アマカツの首、欲しかったですか?」
「私だってサロメや首狩族じゃないんだから、アマカツのでもヨカナーンのでも要らない!
だから、わくくんが首云々と言いだしたときは、冗談じゃない、聞いてないと思ってた・・・」
「俺も。自分で、首を獲る!とかいいながら、アマカツの頭が吹っ飛びませんようにって、ひたすら祈ってた」
結局、現代的モラルに精神まで侵された、ある種ヘタレな、私たち子孫の願いを祖先が受け入れたということか。
やっと探し当てて自分たちの元に到達し、千年目にして魂を解放してくれた子孫の意思を、
祖先が尊重したということなのか。かくしてアマカツの首は守られた。
私たちはひたすら、現存する道なのかどうかもわからない、謎の土の道を引き返した。
街灯ももちろんなく、月明かりも消えていた。
けれど、白くうっすらと輝くもやが立ち込めていて、その灯りが地面を照らして先導してくれていた。
もやの向こうに立ち並ぶ木々が、シルエットで見て取れる。
ゆっくりと舞うような枝や葉の動きが、影絵のように映し出されている。
葉擦れの音、木々の擦れる音が心地よく、あたりに響いていた。
「なんか、先祖がメッセージくれてる気がする」
「俺も今、そう思ってた」
しばらくすると元の遊歩道に出るための入り口が現れた。
橋の形をした霧は消えていた。現実と幽玄とを結ぶ橋だったのだろうか。
目の前には見慣れた木々と踏み慣れた道路。現実の空には月が灯り、静かに歩道を照らしている。私たちが遊歩道に戻ったとたん、割れていた木々の隙間が、まるで自動ドアのように背後で閉じた。
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