第16話
「くりこさんは大丈夫?」
やっと、わくは、人を気遣う状態まで戻ったようだ。
「ご心配いただいてありがとう。
さっきは脳溢血起こしそうだったけど、今はなんとか、インフルエンザくらいには体調戻ってる」
「それはよかった。俺はプール熱くらいの感じです」
軽症!
私は恐る恐る、岩に近づき、中を覗いてみた。
岩の内部に、ものが保管できるような空洞が設けられている。空洞の内側は砂金で塗り固めたように鈍く光っていた。上から覗くと、底の方に、絹や麻らしい布袋が見えた。
そっと持ち上げて用心深く中を見ると、翡翠や水晶らしき腕輪などの装飾品が入っている。
厚みのない薄い袋の中には、文字が記された木札。もうひとつの袋の中には、木の実や穀物。
さらに、別の袋には布に包まれた謎の、黒い物体まで入っていた。
「わ、それ絶対、宇宙人」
とコウタが布に手をかけ覗き込んでいうので、
「多分、野鳥とか野ウサギとかだと思うよ。供物だよ」
と私がいうと、
「わぉ」
と声をあげて手を離した。
宇宙人のミイラなら平気なのか。
とりあえず、岩の中に隠されていたものたちへの対応に関して、ここに来てやっと、私たちは戸惑いはじめた。一度、すべて外に出して、本拠地に運んでみることは可能なのか?
仮にここが埋蔵物などの発掘現場だとすれば、調査が済むまでこのままの状態で保存するのが必須だろう。
下手に取り出したら私たちは、ピラミッドの王墓を荒らした泥棒とか縄文時代の埋蔵物を我がモノにした悪党のようになってしまわないか。
「でも、発掘したわけじゃないし、岩が勝手にくずれたんだし」
とわく。
「俺ら来なかったら永遠に陽の目を浴びてないわけですよ」
「じゃあ、さあ、目の前で家がくずれて、壁の間から札束出てきたら、それ、同じこと言える?」
と、私。
「それとこれとは違うでしょう。岩だよ?」
そんなことを言いあっていると、やがて岩が、再びかすかに振動しはじめた。
「やばいぜ、これ。また閉じるかも!」
とコウタがいう。
「とりあえず、中のもの取り出そうぜ。対応はそのあと協議しよう」
と、わくがいい、私たちは千年の時を経て外気に触れるものたちをそーっと取り出しはじめた。とはいえ、誰もそれらを収納するケースはおろか、バッグすらも持っていない。
数十分前にいきなり人格が変わって飛び出したわくを追いかけて、スマホくらいしか持たずに家を出て来てしまったのだから。
アマカツのを借りるしかないな、といいながら、わくがそのあたりに転がっていたバッグを拾い上げた。二泊三日分くらいの容量のある、ダークブラウンのレザーのボストンだ。
さっき、急いで家を飛び出した際に、ちゃんと持ってきているのだから、アマカツはただ一人用意周到、準備万端だったわけだ。わくが、ひとまず中をあらためようとボストンバッグの口を開けたとたん、中から蒸気のような噴煙があがり、わくの顔を直撃した。弾かれたように地面に倒れたわくに、コウタが走り寄ろうとすると、それより早く、アマカツさんがわくに飛びかかっておさえ込み、頸動脈にナイフを当てていた。
「アマカツ!! 」
「アマカツ、復活」
アマカツさんが不敵に笑って、ナイフの先を、わくの首筋に滑らせる。
つーと、一筋の赤い線が首筋を伝わって落ちた。
「やめろ!」
「貴様は一歩も動くな、コウタ。半歩でも動いたらこいつをひと突きする。
さあ、そのバッグに、財宝を入れてもらおうか。
くりこさん、女性を使って申し訳ないが、あ?これは逆にフェミニストの方々にクレームをいただく言いようか?とにかく、そこにある財宝をすべてそのバッグに入れていただこう。
ああ、ウサギのミイラは遠慮しておく。考古学的な価値より、今はとりあえず財宝だ」
私が躊躇していると、アマカツが叫んだ。
「さっさとしろ!!」
フェミどころかパワハラだ。
仕方なくおずおずとバッグを拾い上げた。
中から何か、化学薬品的な、嗅いだとたん気が遠くなるような匂いがまだ、少しだが漂い出てくる。
コウタが立っているところから、2メートルほどの位置の地面に、さきほど、わくが置いた刀が横たわっていた。
コウタは、それをなんとかして取りたいはずだ。私も、どうにかしてそれを取りたかった。
このバッグをアマカツに投げつけるか?そのすきにコウタが刀をピックアップして反撃に出られる。でも、私のこの、スピードもパワーもないコントロールで投げつけても、バッグはアマカツ直撃どころか、50cm手前にポトンと落ちればいいほうだ。そんなことになればアマカツのみならず、わくやコウタという味方にも失笑されるだろう。しかもうまくアマカツに当たらなければ、わくが何をされるかわからない。
ここはこらえて、とりあえず、岩の中の財宝をバッグの中に入れる動作をしよう。
その間に何かいい手を考えよう。
すべてバッグに移し終え、岩の奥にあとひとつだけ残っているのは、布に包まれた棒状のものだった。そのとき私は、布の奥から発せられる淡い光を感じた。岩の底に手を伸ばして布を払うと、それは約50cmくらいの木の横笛だった。笛は私の手が触れたとたん、濡れたように表面に艶を帯びて、なまめかしく光った。その直後、横笛は勝手に私の手を操作して、まるで銃口のように笛尾をアマカツに向けた。アマカツがわくを盾にこちらの攻撃を封じ込めるより早く、笛尾から銀色に輝く一筋の水流が発射された。横笛は刀と一対の武器だったようで、高圧洗浄機レベルの勢いで水がジェット噴射され、5メーターほど離れた位置にいたアマカツを直撃した。またしてもアマカツは水流に倒れたのだ。
わくは素早く逃れ、スライディングして刀を掴んだ。
と同時に、闇を切って、どこからともなく黒いものが飛んできて、アマカツの顔にがっつり張り付いたではないか。
それはまごうことなきSS-1号の勇姿だった。
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