第15話

 やがて、岩は小刻みに振動しはじめた。

その振動は、私たちが立っている地面にも伝わってきた。

どのくらいの時間が経ったのか、5分くらいのようにも、半日のようにも思えた。

時間の感覚すら麻痺していたのだ。

気づけば、岩には細かい割れ目が生じている。割れ目の間から水が湧き出した。

次第にところどころ、しぶきをあげるほどの勢いになっている。

いくつもの割れ目が入ったことで、細かくなった岩の表面は、そのしぶきによって吹き上げられ、次第に岩の内部が見えてきた。中から、光が放射線状に漏れ出してくる。

ほうもつ? と思った瞬間、わくが、岩肌の中央あたりに手を入れて、何かを掴んで取り出した。刀だ。金色に輝く柄、銀色に輝く鞘。わくが、その刀を手にして、刃を引き抜いた。

なんと刃の部分は実態が見えず、光だけが刃の形となって、夜の中に燦然と輝いている。

(刃、が、透明?!)

剣を手にしたわくは、私たちのほうを向き直って言った。

「やっと我らの思いが成就する。

長い年月だった」

それからわくは、なにか意味不明な呪文を唱えてから低く叫んだ。

「アマカツ! 覚悟せよ!」

 頭上に、光る透明の剣を構えたまま、わくがアマカツさんににじり寄っていく。

 え、アマカツさん?

と思うまもなく、アマカツさんはいきなりそばにいた私を捕らえ、腕で私の首を抱え込んだ。

絶対、鞭打ち症くるわ!!と思うほどの衝撃だった。気づけば、私のこめかみに冷たく硬いものが当てられている。

銃だ!!

そう思った瞬間、全身が心臓になったように、もう動悸しかわからない。

恐怖より何より、震えをどうにかしてくれというくらい、私の体は舌を噛みそうになるほど震えていた。多分、今の血圧は測定不能にちがいない。撃ち殺されるより先に、私は脳溢血か心筋梗塞で逝く!と思った。

「わかっていたのか」

「当然だ。その人を離せ!千年経っても卑劣なやつだ」

「それ以上近づくと、この人をやらなくてはならない。穏便に済ませようじゃないか」

「やってみろ! おまえが引き金を引くより早く、心臓を一太刀にする」

 やってみろいうなーーーーっ!!と私は無音の悲鳴をあげていた。

 お試しさせんじゃねえーーー!!早く助けろ!!!!

「物騒なやつだ。隠してあったものはその刀だけなのか?ほかには?」

「やかましい!!おまえには無縁のことだ!

あとは、おまえの首を捧げれば、誓いの儀式は終了する。

光道一族の最後の生き残りの首をな!」

 アマカツさんが最後の生き残り?

 首を捧げる?

 大変なことになってきた。

 こんな話、聞いてない!!

 わくは光り輝く透明の刃を構え、ジリジリと近寄ってくる。

「アンフェアな戦いだな。俺には刀がない。普通は一騎打ちだろう」

「千年前、おまえの祖先も、武器を持たない俺の祖先を惨殺した。

氷水神社の池に沈んだ龍は、そのとき無念に殺された者たちの化身だ。

しかも、まったく逆の伝説まで作られて、一族は汚名を着せられてきた。

今こそ、千年の間、祖先を苦しめてきた呪縛を解き放つ!!

アマカツ!! おまえの首を獲る!!」

(うぎゃあ、やめてくれ!)

というのはアマカツさんでなく私の心の声だ。

頼むから、呪縛の前に私を解き放ってくれ、そのあとにしてくれ復讐劇は!!

「貴様らのクソみたいな怨念につきあってるヒマはない。

俺はただ、残された財宝が欲しいだけだ!!こいつを助けたかったら、これにすべて入れろ」

 アマカツさんが、そばに落ちていた彼の、いつも持っている大きめのバッグをコウタに向かって蹴飛ばした。

 アマカツさんの欲望はとても現金で、わくの千年に渡る執念と、アマカツさんの小悪党的な執着との次元が違いすぎて同じ戦場に立っているとは思えない。千年前の湧水一族と、光道一族も、こんなふうだったのかもしれないと思った。畿内からはるばる逃れてきた守銭奴のナマグサ坊主VS純朴で信心深い村人たち。血なまぐさい抗争の現場から修羅をくぐり抜けてきた坊主たちの狡猾さと残忍さに、どうやって抗うすべがあったのだろう。敵はハナから取って食おうという魂胆だったのだ。彼らの悔しさや恨みが、今、幾星霜の果、末裔の手を借りて晴らされることになる、のか?

 次の瞬間、わくの光る剣の切っ先が飛んだ。と思ったら、それは刃ではなくジェット噴射された水流だった。光る刃のように見える大量の水流が勢いよく発射され、まるで白銀の龍のようなフォルムを描いてアマカツさんに襲いかかった。

それはアマカツさんの首を直撃し、アマカツさんは真後ろに倒れた。

銃は、すでにアマカツさんの手から弾き飛ばされていた。

 水流の刃は光り輝きながら天空を飛び、弧を描いて再び元の柄に収まった。

 大地に倒れたアマカツさんを眺めながら、わくは呆然として、刀を持ったまま大地にへたりこんだ。コウタは、地面に転がっていた私を抱き起こしてくれた。

「アマカツさんは大丈夫なの?」

 自分を殺しかけた人をさん付けするのもなんだが、だからと言っていきなり手のひらを返して呼び捨てもなあと妙なところにこだわっていた。

 アマカツさんの安否ももちろん気になるが、正直なところ、わくを殺人犯にはしたくないという気持ちのほうが強かった。

コウタが近寄ってアマカツさんの脈を取り、次にOKサインを作って「ご存命!」と言った。

 多分、倒れたときに頭でも打ったのだろう。意識が朦朧としているに違いない。

だが、とりあえず首は飛んでいない。

God save the head of Amakatsu!

どの神だか、誰の神だか知らないが、わくのためにお礼を申し上げたい。

千年目の遺恨試合の結果は、現代の法の前には無意味なのだから。

「さて、どうする?」

コウタはわくを見た。わくは、元の目つきと表情にだいぶ戻っている。

「なにがあった?俺、なんだかさっぱりわかんない。ここどこ?」

「おっと、こえーぞ・・・」

コウタがいうと

「嘘だよ」

と、わくはニヤリと笑った。

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