第14話
すぐとなりにいた私より早く、コウタが駆け寄っていた。
呼吸があるかチェックし、肩を叩いて
「わく!わかるか?」と声をかけた。
意識は戻っていないが「んん」というような呼吸音が聞こえた。
「救急車・・・」と私がスマホを取り出したとたん、わくは意識を取り戻して目を開けた。
「わく!」
コウタの腕を払い除けて立ち上がろうとする。
「大丈夫なのか?」
声をかけるコウタに、わくは一瞬鋭い視線を当てたが、いつもと目つきが違う。表情も別人のようだ。
そのまま、立ち上がって無言で歩き出した。ものすごい早足で部屋を出て行き、廊下に向かう。
「ちょっと待てよ!、おまえどこ行くつもりだよ」
コウタはわくに追いつき、腕をつかんでひきとめようとした。
あんなふうに倒れて、すぐに意識が戻ったとはいえ、いきなり立ち上がって、別人のような形相で猛然と外に出ようとする友達が、心配にならないわけがない。腕をつかんで止めようとするコウタの手を引き剥がして、わくは彼を弾き飛ばした。わくより身長も高く、体重もありそうで、なおかつ相当強そうな相手を、なんなくふり飛ばしたのだ。私たちは必死にわくのあとを追った。彼は走っているわけではないのだが、私にすれば走らなければ追いつけなかった。
「なにかが降りちゃったの? なにが降りてきたの?」
息を切らして追いかけながら、私はコウタやアマカツさんに言うともなくずっとつぶやいていた。
わくたちが本拠地としていた家は、彼いわく、「敵が入ってこられないように結界を張ったエリア」にある。本当かどうか、確かめる術もないので、一応、まゆにつばしながら、その説明を受け入れてきた。その結界ゾーンにある家から、誰でも行き来できる公道へは約5分。
雑木林を抜ければ、車が行き交う表通りに出る。わくはその通りから氷水神社へと通じる横道に入って行った。神社までは徒歩20分ほど。湧水池のある、中央の寺院も、神社のすぐ近くに位置する。早足で先頭を歩くわくの、すぐ後ろをコウタが張り付いて歩く。私が落ちこぼれないよう、アマカツさんが少し前を歩きながら、ときたま振り返ってくれた。
「大丈夫ですよ。これでも、毎日ウォーキングで鍛えているので」
と言いながら、親指をあげると、アマカツさんも振り返りながら親指をあげて励ましてくれた。
「あの指輪の青白い光は、なんなんでしょう?、ゼイゼイ」
「わかりません。これまで、指輪だけで合体させていたときはなにも変化が起こらなかった。
7個が重なって人体に接したことで、はじめて変化が起きた。体温や水分、二酸化炭素がなんらかの条件で作用したとしか考えられません」
「個体だったときにも、ずっと体温や汗とか、呼気に触れていたんでしょうに、ハアハア」
普段の早足ウォーキングの約1.5倍くらいのスピードだ。だんだんきつくなってきた。
「7個が連結した状態で肌に触れ、体温や水分、二酸化炭素に触れることで、はじめて働くメカニズムなのだと思います」
「そして、ゼイゼイ、何が、ハアハア、作動しているんでしょう?」
「まだわかりません。ただ、指輪の中に千年、封じ込まれてきたものが、やっと封印を解かれたことは確かでしょう」
やばい、もうリタイアかも、と思い始めた頃、先頭のわくが氷水神社に到着した。縦列で続々到着した私たちに目もくれずに、神社の池の淵に立っている。
すでに干上がって水のまったくない窪地の中央に立つと、わくは何か呪文のような単語を唱え始めた。指輪をはめた指先を大地に向けて、空中に格子模様を描いた。すると、勢いのいい水流のような音が地下から響きはじめ、次の瞬間、地面から7本の水柱が、いっせいに立ち上がった。まるで間欠泉の集合体のようだ。
中央に立つわくの周囲に上がった水柱は、20メートルほどの高さに達した。先端は白煙となって、ジェット機の噴射のような図を描いて北に向かって飛んでいった。やがて水流は窪地を徐々に満たし始め、そこに池が蘇ろうとしていた。わくは目を閉じたまま、水面に向かって指先を向けたままだ。水の底に、龍のような形をした青白く光る物体が、うねっているのが透けて見える。
「伝説の龍・・・?」
アマカツさんを見ると、目の前で起こっている超常現象のようなできごとにただひたすら驚愕しているようだった。もちろん私も、これは超ドラマチックな夢で、自分がいつの間にか、眠っていたのかもしれないとすら思った。
わくはここで、7つの魂を解き放ったということか。
水柱は徐々に鎮まっていって、やがてしゅるしゅると大地に収まり、池は、雨のあとのような水量に戻って行った。
相変わらず、別人のような形相のまま、わくは、池を飛び越えて遊歩道に入っていった。
彼を追って遊歩道に足を踏み入れ、少し歩いたとたん、私は違和感に気づいた。三日前にこの遊歩道の先で、地面が歯車状になって、私の足を前へと押し進めたように、今、再び、遊歩道はキュルキュルと音をたてながら、私たちの体を半ば運んで行く。
これはもう、遊歩道というより、水の流れだった。
かつての川が、この瞬間に蘇って、私たちを押し流していたのだ。
しばらく行くと、右手に密集していた木立が、さーっと割れて空間が生まれた。
私たちの体は、その隙間へと導かれていく。
「こんなところに道が?!!」
今まで歩いていた遊歩道に、いつの間にか橋のよう形の濃密な霧がかかっている。
幻想の橋は、たった今生じた隙間から続く、土の道に通じている。
「これじゃ、橋なんて探したって見つからないわけだわ」と思う。
周囲を緑に囲まれた細い土の道を、私たちはわくの引力に囚われているかのようについて歩いた。月明かりだけの道は、それでも明るく、足元はよく見えた。夜の匂い、草花の匂い、水の匂い。時代は、いったいいつなんだろうとすら思える。私たちは、今、どこにいるんだろう。
もう、言葉を交わす気持ちの余裕もなく、私たちはひたすら無言でわくに引きずられていく。
しばらく歩くと、石段に出た。一列になって登っていく。
狭く急な段なので、アマカツさんは心配してくれているのか、私を先に行かせて、後ろから登ってきた。
頂上に出ると、そこには松などの立木の奥に果たして祠があった。
石造りの古いものだが、さすがに平安時代のものではないだろう。
いいところ、江戸時代初期のものか?
しかし、この『みもろ』のような場所を、私たちは見逃していた。
全員がわくの挙動を見守っていた。
祠の前に立ち、彼は再び指輪をした指先を祠に向けた。
わくの周囲に、7つの白い、人の形のようなもやが円陣を作って浮かぶ。
石の祠が静かな音を立てて、ゆっくりとくずれはじめた。
今、このときを、ずっと待っていたといわんばかりに。
石がくずれ去ったあとに、祠の台座となっていた岩が露出した。
多分ここは、湧水一族の祭祀の場所であり、葬礼の場所でもあったかのもしれない。
当時はこの台座のような岩が、本体であり、祈りの対象であったにちがいない。
岩の奥から水が滲み出してきて、見る間に岩肌を覆った。
濡れた岩は月明かりを載せて、呼吸しているかのように、微かに弾みながら輝いている。
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