第13話

「もし、レイラインを考慮するなら、目標とする場所は、この神社からまっすぐ伸びる川沿いのどこかにあるんじゃない? とすれば、この川沿いを行けばいいわけよね。なんで橋を渡るの?」

 私の問いに、わくは地図上の該当する遊歩道を指でなぞった。

「この川は、いずれT川に注ぎます」

「あ、そっか。T川近辺だとリスキーなわけね」

「ですね。当時から洪水や氾濫を繰り返してただろうし、T川からは遠ざかりたいと思うはず。なので、どこかでこの川からそれて、高台に向かったはずなんです。まあ、これも僕の仮説ですけど」

「市内でなにかを永続的に保管するのが目的なら、より高台を求めると、私も思います」

 アマカツさんは、そう言って、

「最初に出くわした橋のあたりで、道をそれた、と見るのが正解か・・・」

と地図をなぞって言った。

 K市は、北から南に向かって土地が低くなり高台は北部にある。

これは、K市が数千年も昔、市の最南端を横切るT川の河川敷だった環境を物語っている。

川があれば食料も捕れる。加えて豊かな自然に恵まれた平地だったのだろう。その後、多くの貝塚や古墳が発掘され、古くから人々がここで集落を営んでいたたことを物語っていた。

「つまり、その橋がまず、重要な第一ポイントってことっす」

 コウタはMacBookに表示された地図をチェックしながら、自分のiPadで忙しげに検索を続けている。

「よし、これで、いくつかポイントの候補は出たので、今からから現地、歩いてみんのがいっすね」

とコウタがつぶやくと

「そうだな、フィルードワーク、水田さんは行けますか?」

とアマカツさんが私を見た。

「もちろん、望むところです」

 それから私たちはわくたちの本拠地から神社に移動し、実際に神社からの遊歩道を歩きはじめた。市の中心地にある神社から東に伸びる遊歩道をたどり、そこから北部の高台エリアに行くには、途中のどこか交差する道で折れなければならないのだが、どこにも橋らしきものは当然のこと、橋があったのだろうと推察できるような跡は見て取れなかった。どこで折れるのか、皆目見当がつかない。いくつかの横道を「折れポイント」と仮定して、そこを曲がって歩いてみたが、千年前のインフラとはまるで違うのだから、目標とするような祠はもちろん、

祠に通じる石段らしきものなどにも行き当たらず、あてどもない探索になってしまった。

私たちが候補とした高台や古墳跡も行ってみたが、遊歩道からそこに至るアクセスルートが解明できない。なので、そこで正解なのか否かも曖昧なうえ、百歩譲って、ここだとしても、ここのどこに何がどうやって隠されている?という疑問しか生まれなかった。

 朝から歩いて、ファミレスで遅い昼休憩をはさんだ。

座ってすぐ、注文を済ませると、わくがコウタに視線を向けた。コウタが黙ってiPadをわくの目の前のテーブルに置く。阿吽の呼吸だ。

 ひとしきり、それまでに歩いたコースについての検証や感想を語り合い、午後からのコースについての打ち合わせをしながら食事をした。

「ふたり、呼吸ぴったりだね、もう何十年もいっしょにいるみたい」

とわくたちを見て笑うと、アマカツさんも

「兄弟みたいだよね」と言った。

「小中高いっしょなんで、もう兄弟みたいなもんです。あ、さすがに大学は別でしたけど」

とコウタが言う。

「えええ、小中高?マジか」

 小学校も中学校も市内に複数あるが、高校は公立校一校しかなく、都心からも駅からも近いせいか人気があり、市外からの受験も多いので難関校のひとつだ。

「優秀なんだ、ふたりとも」

「や。俺はまぐれっすけど、こいつは新入生総代で挨拶してました。全然知らなかったから、マジかよ、って。な」

笑って自分を見るコウタを無視して、わくは知らん顔でミックスグリルを喰んでいる。

「こいつ、ずっと、うちの実家に住んでて、入学式だっていっしょに行ってんのに一言もいわないんすよ」

とコウタ。

「え?そうなの?住んでたの?」

 わくは私をちらっと見てから、すぐにモニターに視線を落とした。食事中も検索している。食べながらゲームをやる派に違いない。

「ええ。居候です。高校はほとんどコウタんちから通ってましたね」

「マジ?え?コウタくん、きょうだいは?」

「俺、一人っ子っす」

「あー、とはいえ、もうひとり転がり込んだんじゃ・・・あ、失礼」

「や、マジ転がり込んでたんで」と、わく。

「コウタくんのお母さん、面倒見いいんだね?」

「めちゃいいです、コウタんちのおばさん。俺にとってほんとの母親以上です。

まあ、ほんとの母親がほんとじゃないんで」

 タブレットを見つめながら淡々と、他人事のようにわくはつぶやく。

「いわゆる複雑な家庭ってやつですねえ。ほんと、うち帰りたくなかったんで」

「それで今も帰ってないんだ?」

「そっす。てか、もう家ないし」

 そのまま黙ったので、それ以上、深い話を聞く権利はないと思って、

「今は、あんないい家があるじゃない?あれは誰の家?」と話題をそらした。

「あ、それ、地雷です」

とコウタに言われ、え? と、わくを見ると無表情からさらに表情が消えている。

気を使って、それたところに、そんなものが埋まっていたとは。

「地雷じゃねーし。・・・じーちゃんばーちゃんの家です」

 無表情が筋肉のどこも動かさずにつぶやいた。

それから私は、もうそれ以上の何物も掘り出さずに済むよう、当たり障りのない話題をなんとか思い浮かべながら和やかに食事を終えた。食後、わくはドリンクを取ってきてくれた。紅茶にポーションのミルクを添えて。私は砂糖を入れないけれど、この短いつきあいでほんの1〜2回しかいっしょにお茶を飲む機会などなかったのに、すでにこちらの好みを把握している。ほんの少し、彼のこれまでの人生に思いを馳せた。

 午後の探索も、ほぼ同じような経過をたどった。

一度、本拠地にもどって作戦を立て直そうと考え、夕暮れ前くらいに戻った。

 帰り際に、軽く摘めるようにハムやチーズ、生野菜、バゲットなどを購入していたので、それらを簡単に皿に盛りテーブルに並べた。

「あの廃工場の裏手の『みもろ』っぽいところ、なんにもなかったけれど、あそこはもう一度チェックしてもいいかもしれん」

とアマカツさんが、昼間行った場所の再確認を提案した。

『みもろ』とは、神話の神が降臨するような、高く盛り上がった土地のことだ。

今日、色々見た中で、一箇所、住宅街に不自然に残された場所があった。小高く盛り上がり、上に雑木が茂っていた。登ってみたけれど、木立以外、祠も何もなかった。

 それまで、テーブルの上のトレイに並べられた指輪を見つめて、じっと考え込んでいたわくが、

「・・・ただ、ここで重ねただけじゃ、だめなんだ」

とつぶやいて、いきなり指輪を自分の手にはめはじめた。

7個の指輪は、すべてのサイズが少しずつ違う。私の指輪は私の指にはぴったりだった。

それぞれの本体の上下を合わせても、紋様は少しずつ、ずれていた。

L・M・S 程度のサイズ差の指輪をすべて、右手の中指にはめ終わると、

わくの長い指でも、三分の二ほどがカバーされてしまった。

次の瞬間、奇妙なことに、指輪はわくの指で微妙に蠢き始めたのだ。

大きいサイズのものや小さいサイズのものが、すべてわくの指に密着しようと、肌の上で小刻みに振動している。

私たちが見守る中、青白い光が指輪の周囲に立ちのぼり、それはやがて閃光のように走って、わくの指から全身を突き抜けて行ったように見えた。次の瞬間、わくは意識を飛して床に倒れていた。



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