第12話
「やはり、水田さんに協力していただいて正解でしたね。
あの弘中さんと話ができて、指輪の存在を明かしてもらえるというのは、私たちだけでは至難の業でしたよ」
昨日は外せない用事で出張していたというアマカツさんは、
「わくくんから知らせを聞いて小躍りしました、勝利の舞を舞いましたよ」
と珍しく冗談を言った。
「いやいや、ただ、日がよかったみたいですよ。昨日と決めたのは、わくくんなので、彼のお手柄です」
「ええ、やっぱり大安を選んでおいてよかったです」
「え?ほんと?大安だったの、昨日?」
「知りません」
またやられた。
最初にこの家に来たときに通された、この広い部屋は、多分、もともと客間として使われていたものだろう。広い部屋の半分が吹き抜けになっているので、さらに開放的な空間になっている。部屋の一隅に、二階へと通じる階段が掛けられ、下から見上げると二階部分は壁がなく腰板のみだ。上は寝室になっているのだろうか。1940年代くらいの、北欧の建築様式を参考にして設計し、1950年代に建てられたのだろうと私は推測した。窓から、小さな芝生の庭が見える。陽が落ちる寸前のバイオレットの光が美しい。
「では、みなさん、ついにこのときを迎えることができました。いざ、合体!!」
私たちはダイニングコーナーの大きなテーブルを囲んでいた。
卓上に置かれたトレイの上に敷いた生成りの布、その上に、わくが指輪を並べていく。
壹(1)から、漆(7)までのナンバリングが、装飾に組み込まれた指輪を、上下組み合わせながら、そっと並べていく。
「鳥居、池、川、橋、石段、小高い山、やしろ、のようなものが見てとれます」
わくが言うと、アマカツさんは
「うん、やしろというより、祠のようなものかもしれないな」
「ほこら?」
「そう。一般的にやしろよりごく小規模で簡素だ。神社を思い浮かべてしまうと、見誤るかもしれん」
「なるほど。この最初のものは、鳥居でOKですよね」
「そうだな。鳥居の方は神社を表していると理解していいだろう」
「多分。それで行くと、まず神社を出て、池があって、川があって、橋を渡って、石段を登って、小高い山について、祠がある。ここが目指すトレジャーハンティングのターゲットです!」
「なんだ、かんたんじゃん!!もう見つかったも同じだな」
とコウタが笑う。
もちろん、そう言ったコウタを含む全員が、これは難問だと思っていた。
「で、あの時代にあった神社は・・・これが第一候補です」
わくはMacBook Proの画面を私たちに向けて、モニターに表示された神社を示した。
「氷水神社?」と私がたずねると、わくは、そう、と答えた。
「ここの鳥居は、武蔵国最古といわれてるけど、それでも現存のはせいぜい江戸時代のものだから、あの時代には、別の鳥居があったはずです。アマカツ先生のレイライン説に則って、
いくつかの神社を仮定して考えてみたんだけど」
と、わくはさらに、市内の地図を表示させた。
「くりこさんも知ってると思うけど、レイラインはいくつかの聖地の位置が直線で重なっている状態、さらに、冬至、夏至、春分、秋分の日の、日の出か日の入が、レイライン上の聖地を一直線に照らすといわれる状態です。たとえば鹿島神宮エリアに昇った朝日が、このK市を経て、まっすぐ富士山頂まで伸びていく。冬至の日の入りは、富士山頂に沈む夕日が、まっすぐ伸びて鹿島神宮に届く」
「すごい!見たの?!」
「という話です。残念ながら、僕は見てないけど」
わくはまた地図上に金色のラインを何本か配置したものを表示した。
「ともあれ、レイライン上に入るK市のどセンターにあるのが、この神社なわけです」
「なので、鳥居はここを意味するのではないか、そして、ここがスタート地点・・・・
と見るのが妥当というわけね」と私。
「と仮定してみました。さらに、氷水神社のそばには池もあったようです。今はただの窪地になっていますけれど。そして、川も流れていました。その川は寺院の湧水池からはじまった流れのひとつです。今は暗渠で遊歩道になっています。その遊歩道の延長線が、くりこさんが先日歩いていた道です。小川まで来て、そこをターザンみたいに渡って、こっちの道に入ってきたって言ってたでしょう?」
氷水神社は、大昔に村を襲った妖怪のような龍が、池に入り込んだとたん、普段凍らない湧水が氷となって龍を閉じ込めたという言い伝えがある。龍は青白い氷塊となって、今も池の底に眠っていると言われてきたが、現在は、その水さえ干上がってしまって、伝説の居場所も消滅したという状況だ。
「では、わくくんの仮定でいくと、この神社から伸びる川の道路までは、判明したといえるね。あとは、橋か。道路に橋のあとが残っているところは」
アマカツさんがモニターの地図を見てから、わくや私をうかがい見た。
「山田橋の跡、石の欄干が石碑みたいな感じで駅前に残ってますけどぉ、」
私は、橋の銘を刻んだ、朽ちた石碑を思い浮かべて言った。
「ああ、あるよね。でもあそこは・・・」
静かに異を唱えかけたアマカツさんに、
「そうなんですよ、道路がいくつも交差しているところに設置されてるし、その道路も、確かにもとは川だったらしいけど、寺院からの川ではなくて、市外から流れ込んできたものだったんですよね。つまり、湧水一族のメインリバーじゃあない」
と私がいうと、アマカツさんは苦笑した。
「いやいや、メインバンクじゃないんだから。何かを隠すときくらい、切羽詰まってほかの川沿いに行ってるかも」
「いや、僕の仮説としては」
わくが引き取った。
「はじめに一族の人たちがそれぞれ分散して持っていた宝物なりなんなりを、これ以上奪われないように、じゃ、みんなでどっか隠そうぜってなったときに、実際に隠す前にいったん、どこかに集めたと思うんですよ。で、光道一族にその動きを知られないように、秘密裏に隠すために、まわり仏像のシステムを作ったのではないかと思うんです。信心深い人たちなので、そういうことをしていても、坊主たちに疑われない、目をつけられないのではないかと。そうやって、一ヶ所に集めるにあたって、一個目の方法がまわり仏像に隠す、二個目が川を使って運んだのではないか?、というものです」
「川に流す?」
「そうです。深夜とかに、上流から筏のような小さな舟に仏像を、まあ、箱かなんかに入れたかも知れないけど、乗せて流して、それを下流で待ち受けて、預かる。さらに、翌日、もっと下流に向けて流す。怪しまれないように小口に分けて、しかも、一度の距離は短く。それぞれの家の敷地沿いの川や近所の川で受け取って、次々にパスしていった、というのが僕の推論です。
なので、リングに示されている川は、あの寺院からの川じゃないと意味ない、と思っています」
「まわり仏像っていう行為は、財宝隠しの隠れ蓑なわけでしょ?その上なにゆえ仏像を川に流す?」
「仏像はふたつ流通させてたと思います。仏像Aは表立って回すため。仏像Bは川に流すため。つまり、AはBのダミーだったんですよ」
「隠れ蓑の隠れ蓑か・・・でもさ、財宝、どこかに集める意味なくない? どれくらいの量だったのかわからないけれど、一度にたくさんのものをみんなでいっしょに隠しに行けば目立つし、それまでどこかにあった一族共有の財産なりなんなりを、小口で7世帯に分けて、それぞれが隠しに行ったという説は?」
わくもアマカツさんも、それもひとつの可能性だと思うとうなづいた。
「いずれにしても、指輪には、メインルートを示そうということになると思う。なので、神社からのルートで川は、あの遊歩道ってことか」
と、考え込む私に、
「で、また、橋で止まっちゃいましたね」
とアマカツさんが、ふうむと唸る。
「神社からの川が、今は道路になっている、そして、それが別の道路と交差するところは、
かつて橋があった可能性が高い。そこを全部チェックしてみよう」
わくとコウタがいくつかのポイントを割り出した。
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