第18話
夜の遊歩道は静まり返り、人に会うこともなかった。
水はけを考慮した素材を使った路面で、スニーカーの底がキュンキュン音をたてる。
行き止まりで、再び蔓性植物を使ってターザンのように小川を渡り、向こう岸の遊歩道から、わくが称する結界エリアへの横道に入った。
そこから、わくたちの本拠地までは歩いて5分くらいだ。
雑木林の中に細い砂利道が敷かれているが、その周囲の土の地面のほうが歩きやすい。
私有地なのか入口に立入禁止の表示がなされていた。「結界」はこの札が意味するところか。
本拠地に着いたときは、もう夜明けを迎えようとする時刻だった。
時三郎が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「喉乾いたし腹減ったし」と言いながら、青年2人は、私が夕方並べた、多分もうひからびているであろうハムやチーズ、パンをつまんだ。
蜘蛛の糸に緊縛されたアマカツは、リビングの入口に転がしてある。
「おつかれさまでした」
と私がいうと、コウタが冷蔵庫から缶ビールや炭酸水を取ってきて、わくと私の前に置いた。
「乾杯!!」
「とりあえず、最終章その1まではクリアした感あるよな」
とわく。
「おー。なにがなんだかよくわかんねー、怒涛の展開だったし」
昨日の夕方からちょっと前までに体験したことをひとくちで言い表せば、まさに『異次元テーマパーク』に入園して絶叫マシーンで激しく揺さぶられていたかのごとくで、今、私にあるのは興奮より何よりむしろ疲労だった。
頭も体も半ば麻痺して思考能力がほとんど残っていないように思える。
考えていたのは、もう家に帰るのが面倒くさいんだけれど、ということだった。
ここから徒歩20分はかかるし、もうこれ以上歩きたくない、
(わくたちは二人とも車でなく二輪だし、バイクの後ろには乗りたくない)
ここに泊まったらどうなるのか?若い男二人とひとつ屋根の下に寝るとはいえ、
この二人に襲われる可能性は幸か不幸かまず無さそうだし、まったくリスクは感じられない、
それより何より、布団とか、ちゃんと干してるのか?洗ったシーツはあるのか?
お風呂はきれいなのか?タオルは臭くないのか?という疑問しかない。
ああ、やっぱりうちに帰って、ゆっくりお風呂入って寝よう、
今夜は甘いバニラフレイバーのバスソルトをたっぷり入れて浸かろうという結論に達した。
バッグの中の財宝やらなんやらのチェック、そして、
今夜体験したことの検証は、すべて明日へ。
だが、そこで、急にひとつだけ気になることを思い出した。
「ところでキミら、いつ、アマカツが敵だと、光道一族の生き残りだと知ったの?
なおかつ、なんで教えてくれなかったの?」
わくが、それ今聞く?答えんのめんどいんだけど、と顔に書きながら私を見た。
「知ってはないですね。
ただ、うさんくせーなと思ったのはアマカツと知り合ったとき、すでに」
「その段階で?! なんで?」
「僕らが、例のトトロみたいなばーさんの家に行ったとき、そこんちは敷地も家もでかいんですよ、僕らが庭に入ってったら、ちょうどアマカツが縁側に座って茶〜かなんか飲んでて、ばーさんに聞き取り調査してて。
多分テーマは、その地域での、大正から昭和初期の暮らしぶりについて、とかって感じだと思うけど、なぜかアマカツは湧水一族のことを聞きだそうとしてたんです。
あれ?と思って、木の陰に隠れて様子を見てたんです。
そしたらトトロばーさんが、そういえば、昔、湧水一族ってのがいて、
みたいな話しをしはじめて」
「だから、俺ら、どうする?出てって交じる?いやいったん様子見ようぜ、誰かわかんねーし、つって、そーっとバックして、一度、門の外に出たんすよ。
怪しくねえか? だな、っつー直感が二人共通だったんで、一応、ウォッチ対象ってことで。
なんで、そっから、ウエーイみたいに声出して、そこんち入り直して、今、来ましたぁ、シクヨロ!みたいな、な」
とコウタが付け加えた。
「そしたら奥から、トトロばあさんの娘か、そこんちの嫁?みたいなおばさんが出てきたんで、誰それさんの紹介で、湧水一族の話しを聞きに来ましたぁ、
おまけに指輪の写真も撮らせてね、みたいにアピったんです。
そうしたら案の定、アマカツが食いついてきて、
私の聞き取りはもう少しで終わるので、
みたいなこと言い出して、ほんとに10分くらいでさっさと終わって。
『君たちなんのフィールドワークしてるの?ニコニコ』的に話かけてきて。
『ところで、湧水一族ってなんですか? なんで調べてるの?
私も同席していいですか』、とか言ってきて。
いやいや、おっさん、さっき、てめーで聞いてたろと思ったんですけど、
ここは黙っておいて様子を見ようと。
トトロばーちゃんは、今までアマカツに話してたのにもう忘れてて、
昔、湧水一族っていうのがいて、とか
ゼロベースに戻って話してくれたんでよかったんですけど。
一連のやり取りのあと、僕からアマカツに、
指輪の紋章のこととかで相談する体で、近づいたんです。
こいつは何を探ってるんだろうと、知りたかったし、
いずれにしろ歴史や民俗に詳しい人なら、何かとプラスになる面もあるかと。
最初の怪しさからして、諸刃の刃でしたけど」
「でも、光道一族に関しても、俺らはアマカツから聞いたんですよ。
その段階ではこっちは全然、そんな情報得られてなかった。
だから、これはぜってー、あいつが光道一族そのものなんじゃね?
って結論に達したんですよ、俺らの中では、な」
と、コウタが補足する。
「うん。でも、途中で、そもそも光道一族って、アマカツのでっちあげじゃね?説も出たよな。
いろんな攻撃があったのも、アマカツがやってるとすれば、
合点がいくことも多々あったんです」
そして、わくも私も殺されかけたというわけだ。
「何かファクトはあったわけ? 仮に光道一族だったとして」
「ありました、ものすごく信頼の置ける捜査機関によれば、光道確定、クロの判定でした」
「どこなの、それは?」
「博士、ガツンと言ってやってください」
といって、わくは、足元に座った時三郎の頭を撫でた。
「もうね、最初にアマカツがここにきたときの時三郎の吠え方、正気じゃなかったよな」
「そうそう、取り憑かれたように、ウバウバウ、ウウベウーーーー」
とコウタがいきりたった狼のような異様な鳴き声を真似した。
「くりこさんなんか、最初にきたとき、まったく吠えなかったでしょ?」
「あー、笑ってたわそういえば」
「それはさておき、俺たちはそう思ってたけれど、
今日、刀があんなこと言い出すまでは、確かなことはわからなかった」
「あれは刀が言ってたことなの? 憑依されてたの?」
「確実に。でも憑依されてるっつーか、二人羽織みたいなもんだな、あれ。
『首を獲る!』とかいいながらも、頭ん中では自分の考えが巡ってて、
アマカツ、首飛んだら、俺マジ終わると思ってたし、
なんか俺、今、刀のアフレコしてる!みたいな感じだった」
何者かに憑依されてる最中に、自分の思考を認識できるというのは、ある意味恐ろしいと思った。盲腸の手術を局部麻酔だけで受けたときのことを思い出した。
内臓をブンブン振り回されて撹拌されるのを体感するのは恐怖だ。そんな状態を自覚したくない。とはいえ、憑依自体、そうあることではないから、その状態をシラフで体験できるとすれば、それはそれで経験値があがるというものだろう。
「だから、アマカツとはずっと味方として協力しあってる体でいたし、確証もなかったんで、
くりこさんにいえなかったんです。すみませんでした」
「ああ、いやいや。それはしようがないね」
「そのせいで危ない目にも合わせちゃったし。ほんとごめんなさい」
わくにしては珍しく弱々しい表情と声で謝られては、こちらが恐縮してしまう。
「でも、それは私が知っていたとしても、あの事態は避けられなかったと思うよ。
しかも一番怖かったのは『やってみろ!』だし」
「・・・案外、根に持つほうです?」
「おお、一生な。覚悟しといて」
「いや、ほんと、すみま・・・」
と言いかけた、わくが「なにそれ?!!」と口走って、いきなり部屋の隅に走った。
見れば、アマカツの体が消えていた。
倒れていたところには、蜘蛛の巣の束だけが残されていた。
廊下の様子を見に、走り出る、わく。
「やべー」
とコウタがつぶやいて、わくのあとを追って部屋を出ていった。
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