第9話
「あら、気がついちゃった?」
私の視線と表情に気づいて、弘中さんは満足げな笑顔を浮かべた。
「それって・・・・」
「あなたは気がつくかと予想してた。若い男性は私の胸元なんか見もしないだろうしね」
あっはっはと笑ってから、
「そう、あなたたちの探しているものは」
と言って弘中さんは胸元のネックレスをよく見えるように持ち上げた。
「これよね」
私たちは全員、黙ったままそのネックレスの先端につけられた指輪を凝視した。
「『肆』だ、4」
とわくがつぶやいた。
「そうよ。水田さんは」
「陸、6です」
「あなたは、漆じゃない?、ミズハラくん。お宅は止めのはずだわ」
あまりものに動じないタイプで、いつもほとんど表情が変わらないわくも、この状況にはいささか動じている様子だった。しかも、先ほどまでの認知症マダムは、いきなりシャキシャキマダムに大変身しているのだ。ビフォーアフターの変貌ぶりが半端ない。
「なぜ? それを知ってるんですか?それに・・・」
「なぜ、今までこれを持っていることを教えなかったか?そうね、あなたはもうこれで3回目ですものね、うちに見えたの」
あ
と、全員の顔に書いてあったはずだ。
次の瞬間、コウタが笑い出した。
「マジか?!!」
「今日、水田さんを連れて見えたのがわかったとき、まあ、性懲りもなく、と思ったわよ。
あはは。でも、今まではね、あなたたちいつも、くる日にちが悪かったのよ。暗剣殺の日とか、暗闇からブスリと殺られるような日に来られても、ねえ?」
弘中さんは、逆手に握った架空の刃物で私の胸のあたりを刺した。
仕方なく私は「うっ」と言って目を閉じた。
「あと、アマカツ先生だったっけ?彼がいっしょのとき、あの日は、あなたたち、悪い気もいっしょに連れてきてたわよ。だからボケばーさんになったのよ。私は悪い気を感じるとボケることにしてるのよ」
「じゃあ、今日も最初は悪い気が感じられたんですか?」
「いいえ。今日はね、最初っからいい気が巡ってたわよ」
「じゃあ、なんで」
「だって、そんなの、さっさと話しちゃったらつまんないじゃないの。少しは後期高齢者の退屈しのぎにつきあってもらわなくちゃね」
また、あははと朗らかに笑い、
「ねえ、おなか空かない?私もうペコペコ、なんか取りましょうよ」という。
「取りますか?弘中さん、何がお好きですか? お寿司とか?」
「ピザがいいわ。台所に出前のちらしがあるんだけど」
ピザですか?!、と、またしても私たち全員の顔に書いてあったはずだ。
弘中さんがメニューを取りに行こうとすると、わくがスマホを取り出して、僕が注文するから大丈夫です、どこのがお好きですか?と聞いた。
「あのね、薄いのがいいわね、もう歯があんまりね。マルゲリータかクワトロフォルマッジがいいわ。あとバジル?ああ、あなたたちはお肉が載ってるのがいいのかしら。3~4枚、適当に取ってちょうだい。ポテトを忘れないでね。あと、コーラも!」
「あと、サラダも」と私が付け加えた。
わくとコウタが、スマホをのぞきこんで相談しながら選んでいる。
「一枚、すげー辛いのいいですか?」
とコウタが聞くと、弘中さんはニコニコして、OKサインを出した。
「コーラ、お好きなんですか?」
「大好きよ。体に悪そうなものって、なんであんなにおいしいのかしらね」
「その指輪、あとで写真取らせていただいていいですか?」
「いいわよ、でも、できれば実際に7個並べて、謎解きしたいんでしょう?」
「そうです」
「一日くらいなら貸し出してもいわよ」
「本当ですか?ありがとうございます!!」
「民生委員さんなら信用できるもの」
と言って私の反応を見てから、冗談よ!とポンと肩を叩いた。もうまったく弘中さんのペースだ。
「これでもう、6個のリングが判明しました。残るのはただひとつです。弘中さんは・・・」
と、わくが言いかけると、弘中さんは
「ゆりあって呼んでちょうだい」と言った。ちょっと小首をかしげてわくを見る。
わくは3回瞬きをした。
「ああ、名字で呼ばれると落ち着かないんですね、わかります」
とわくが言うと
「そうなの」と弘中さんはうんというように頷いた。
「ではゆりあさん、残るひとつのリングについて、何か、情報をご存知ないですか?」
「ああ、そうね、それだけど、もういいわよね、言っても」
なんだ、何があるんだ?
私達は固唾を呑んで弘中さんを見つめた。
「実はそれ、もうここにあるのよ」
「えええーーーーっ?」
「スズキくん、そこの床の間の、仏像を載せてある仏台をとってちょうだい」
コウタの名字、スズキっていうのか、私は知らなかった。多分、はじめてここにきたとき、自己紹介したのだろう、それを弘中さんはちゃんと覚えていたのだ。
わくも立っていき、うやうやしく仏像を捧げ持ち、コウタが仏台を取って持ってきた。
蓮やら雲やらの彫刻が施された台は、上部分が蓋になっていて中が小物入れのように物を収納できるようになっていた。その中に白いスワトウのハンカチが折りたたまれて収まっていた。
弘中さんがそれを取り出し丁寧にたたまれた布を開くと、そこに指輪が鎮座していた。
これは一体? 一家に2個?
謎がぐるぐると頭の中を回りはじめた。
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