第9話 とても恐ろしくて、

 後ずさりして足の踵に石を引っ掛けた僕は、そのまま後ろに倒れてしまいそうになったが、お父さんが僕の手を掴んだのでそうはならなかった。


「大丈夫?」

 お母さんが聞くが、

「大丈夫だよ」

 僕は自分の足でちゃんと立つとから少し離れた。


「こんな所にいてもしょうが無いわね」

「そうだな、もう馬車に戻るか?」

 お父さんのそれは僕に向けての言葉だっただろう。しかし目線は別の方を向いていた。

 僕がその視線を追ってみると、遠くの方に建物がいくつか見えた。


「あれは何?」

 お父さんはそちらの方を見たまま、

「発掘作業の後だろうな」

 と言葉を返し、

「近くで見るか?」

 と僕に聞いた。


 僕は頷いた。

 興味があったというよりはこのまま帰るのが嫌だった。

 このままだとただ怖い思いをしただけになってしまう。

「一人でも行くから」

 僕はさっさと向かうことにした。


 お父さんがナラセさんに、馬車を移動してもらうように伝えて欲しいと頼んだ。

「かしこまりました」

 ナラセさんが持っていた馬の手綱はタミラさんが握ることになった。



 僕ら四人は、の横を、少し離れたところを進んだ。


 僕はお父さんが以前言ったことを思い出していた。

 だから、

「何で地面が裂けたの?」

 と聞いた。

 ……お父さんの言ったその言葉を、僕ははっきり憶えていた。

 お父さんは僕の質問に答えるより先に、タミラさんに声をかけて先に行かせた。


 タミラさんの連れた馬がお父さんの方をチラリ、チラリと見ていた。

 お父さんは、自分が今から話すことをタミラさんに聞かれたくないのだろうと思った。


「先に行っておいてくれ」

 と言い、頷いたタミラさんを見送って、僕たち三人は立ち止まった。



 お父さんが言う。

「大昔にあった、戦いのせいだよ」

「戦いって……?」

「お前も知っているだろ?」


 確かにそれはみんな知っている話だ。大人達はことあるごとにその話をするから面倒くさいって町の子が言っていたのを憶えている。


 僕は、

「本当に人が死んだの?」

 と聞いた。

 お父さんは嫌な顔をした。

「戦いがあったって事だけ知っていればいい」

「何で戦いがあったの?」

 お父さんはため息を吐くように、多分な――、と言った。

「――父さんにもな、よくわからないんだよ」

 何か知っているような口振りだった。


〜~~~~~~~


 目的の場所にはナラセさんが既にいた。

「馬車に乗って移動したので、先まわりすることとなりました」

 ナラセさんに言われて、お父さんは頷いた。


 発掘現場の後は、何にも無いに等しかった。

 ここに来るまでも無くわかっていたことではあったけど、納屋みたいな建物がいくつかあるだけだ。

 そしてそんな建物の一つに、馬が二頭繋がれていた。


 お父さんがナラセさんに聞いた。

「この馬の持ち主はあっちかな?」

 そう言いながら崖の方を指し示した。

 崖の方まで続く道のような物がある。だけどその道はにぶつかって途切れているように見えた。

 その先には何も無いように見える。


「そうでしょうな。私が見て参りましょうか?」

「いやいい、俺が見てこよう」

「大丈夫?」

 お母さんはそう言ったが、心配している様子では無かった。

「ああやって堂々と馬を止めているんだ。ならず者ではないだろうよ」


 お父さんは歩いて行き、の中を覗き込んだ。僕は見てるだけで足がすくんだ。

「一応、『壁歩き』の仕組みがあるな」

「そうだとしても、今もちゃんと使えるとは限らないわ」

「わかってる。こっち側に階段があるから、こっちから行くさ」

 お父さんはに対して左に曲がって、足元から崖の中に消えていった。

 僕のいる場所からは、そこに階段があるようには見えなかった。


 お父さんはまた僕の知らない言葉を言った。


「壁歩きって何?」

「魔術を使って壁を上り下りするためのものよ」

「つまり梯子みたいなもの?」

「違うのよ。靴の先を壁にくっつけちゃうの」

「靴が壁にくっついたら動けなくなるでしょ?」

「そうね…………」

 ナラセさんが、言いよどんだお母さんを助けるようなことを言った。

「ライラ様、知らなくても良いことですぞ」

「そうよねぇ、あれは本当に危ないから、それにナラセさんは苦手ですものね」

「怖いわけじゃないんだよね?」

 ナラセさんが何かを怖がったところを見たことが無い。

「見ての通り体が大きいですからな、壁が割れてしまいます」

「じゃあ壁歩きはとても危ないってことでいいんだね?」

「その通りよ、あんなもの今時やる意味なんて無いわ」


 とりあえず話を合わせたけど、結局自分でやってみないとわからないってことだね。


~~~~~~~〜


 お父さんが消えていった場所を見ていた僕は「あッ!」と声を上げた。

 崖の下から誰かが上がってくるのが見えたからだ。

 そしてそれは、お父さんでは無かった。

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