第6話 黒い亀裂の事を聞かされ、
お母さんは、離れていく父さんの背中越しにノマヤカさんを見ているようだった。
「それにしても頼り無い感じよね、あの人。大丈夫なのかしら?」
僕を除いた三人はそんなことを話し始めた。
お父さんはすぐに戻ってきた。
「ライラと……タミラさんの言う通りだったよ。俺が馬車に乗らずに馬に乗って併走するなら問題ない。そういう話でまとまったよ」
「ならなぜはっきり言ってくれなかったのかしら?」
お母さんが不満を言い、ナラセ産がまとめた。
「そういうことも、ありますぞ」
ちなみに、うちの屋敷には二頭の馬がいる。どちらの馬も歳を取り過ぎていて、あまり速く走れないのだという。
僕はその背中に乗って家の庭歩いたことがある。
「馬は私が借りてきます」
ナラセさんが言う。
「そうだな、頼んだ」
「行って参ります」
ナラセさんの歩きさる背中を見ながら、
僕は家の前から見える黒いものについて、お父さんに聞いてみることにした。これから街を出たら目の前に現れることになるかもしれないからだった。
「黒いものってのは……もしかして、町の近くにある亀裂のことか?」
「きれつってのは何?」
「ん?……亀裂ってのはな、地面が裂けた後のことだ。あそこの亀裂はとりわけ大くきて深い。結構前に鉱山資源が採れないかって発掘が試されたぐらいだ」
地面が裂けた?
…………。
結局、黒く見える物の正体が、ますますわからなくなってしまったような気がした。
「近くで見てみたいか?」
「…………」
「ライラ、どうしたんだ?」
「……見てみたい」
「そうか、ノマヤカさんに頼んで、先にあっちの方に向かってもらおう」
「うん」
あまり愉快な事では無いけど、見てみたいと思った。
~~~~~~~~
ナラセさんが帰ってきた。
お父さんはナラセさんが連れて来た馬のたてがみを撫でた。
「なかなかいい馬じゃないか」
馬がブルルッと鼻を鳴らした。
お母さんが、意地悪でもしそうな声で父さんをからかった。
「そういえばクロト?」
「何だ?」
「あなた、昔は浮遊馬車に乗ってみたいって言ってたじゃない?」
お父さんは「んん~?」と鼻を鳴らした。身に覚えがなさそうだった。
「そんなこと言ったっけか?」
「確かに言いました」
「いつのことだった?」
「それはもちろんライラが生まれるより少し前の話ですよ」
「ん~、そうだったかな?」
やはり思い出せない様子だった。
そして、ナラセさんもお父さんをからかうようなことを言った。
「クロト様、それほどまでにあの馬車に乗りたいのなら、私に気遣いは不要です。今からこの馬を返して、屋敷に引き返して別の者と変わって参ります」
お父さんは笑った。
「ナラセまでそんなことを言うのか。勘弁してくれよ」
僕らは少しの間なごやかな空気を楽しんだ後、ノマヤカさんの元に向かった。
お父さんが声をかける。
「馬を用意してきました」
言葉を返すノマヤカさんは少し小さくなったようにも見えた。
「勝手なことを言って申し訳ありません」
「いえいえ」
お父さん達が話している間に、
僕は浮遊馬車なる物を改めてよく見てみた。
やはりただの馬車に見える。
中は三方が長椅子になっている。
もう一方――多分これが前の方だ――は扉で出入り口になっている。
中は大人が七人ぐらいは座れそうなぐらいの広さだった。
それにしても浮遊馬車とは一体、何なのだろうか?
「では出発の準備をします。四名様は中にお乗りください」
ノマヤカさんが扉を開いてその先を腕で指し示した。
「それと、」
ノマヤカさんが口籠もる。お母さんがその視線から何かを気付いて、
「私はタチナツ、この子がライラ、彼がナラセ、彼女がタミラです」
と答えた。
「ご丁寧にどうもありがとうございます。あ…のですね、ナラセ様は後ろの中央の席にお座りくいただけるとありがたいのですが……」
「私は構いません」
「ではそのようにしましょう」
ナラセさんとお母さんが了承し、ナラセさんが先に馬車に入って、言われた場所に堂々と座った。頭の高さはギリギリだった。
僕ら四人が乗り込み終わって、ノマヤカさんが浮遊馬車の扉を閉めた後に、お父さんが何事かを話しかけていた。どこかを差し示しているのを見ても、例のきれつの話で間違いないと思った。
ノマヤカさんは、合計で三度も頷いていた。
お父さんが離れていくのを見た後、僕はノマヤカさんが自分の連れてきた馬に、何かを話しかけているのを見た。
「リリー、よろしく頼むぞ」
そう聞こえた。
あの馬はリリーっていうんだ。そう思った。
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