第4話 浮遊馬車というものに乗ることになった。

 それから、

 お父さんとお母さんは僕に手紙屋について教えてくれた。

 どうも遠く離れた人と文字だけで会話できるものらしい。手紙とは違って返事が来るのを待たなくてもいいらしい。その場で返事が返ってくるのだという。

 それ以上の説明はよく分からなかった。


 ただ、お父さんが手紙屋に連れて行ってくれるようなので、それは大きな楽しみになった。


 そして、この辺りで一番近い手紙屋は隣の町だという。


 お母さんがお父さんに質問した。

「どうやってそこまで行くのですか? まさか早馬で行くわけではないでしょうね?」

「もちろんそうじゃない。それがな、今、ちょうどいい物が街に来ているんだよ」

「それは何かしら?」

「『浮遊馬車』だよ」

「そういえばそんなものもあったわね。ずっと見てなかったけど」

「俺もだよ。ライラに見せてやる良い機会だと思ってな。さていつ出発する? それまで押さえておこうと思う」

「そうねぇ、あなたがいつ手紙を書き終わるかで決まるんじゃ無いかしら?」


「そうだな、これをささっと書き終わってから、俺が話しに行ってくるよ」

 と、お父さんは言うけど、本当にささっと書き終わるなんて事が出来るのだろうか?

 だから僕は、

「早く書いてよ」

 と言ってやった。


「わかったわかった」

 表情を綻ばせたお父さんは、魔法紙の上で先端が丸くなっている木の棒を動かした。

 そして、文字通りそれはすぐに終わった。


 だから僕が浮遊馬車なる物を見ることになったのは、次の日の早朝であった。


~~~~~~~~


 僕たち家族とナラセさん、それと女性の使用人のタミラさんが付いてくることになった。

 あわせて五人で出発した。


 みんな外行きの格好だった。僕は普段よりも厚みのある服を着て、それ以外に普段と違うのは、少し重ためのマントを羽織って、丸い帽子を被って、厚底のブーツを履いていることだった。


 夜の間に少し雨が降ったらしい。目を凝らせば、草の葉の上にある露ですら見つけることが出来るかもしれない。そもそもの話、地面はキラキラと光って見えた。


 僕は遠くの景色を見た。

 地面が黒くなっているように見える場所は、相変わらずそこにあった。

「さあ行きましょう」

 お母さんにそう言われて、僕はその黒い物から視線を逸らした。


 僕たちは屋敷の前の坂を下りて行く。


 僕は左後ろを歩くタミラさんの顔を見上げてみた。顔に大きく皺が寄るぐらいの年齢の人だけど、彼女は昔から健脚で、こういった外出では頼りになりそうだった。


 タミラさんの顔から視線を前に戻すと、

 遠くの方に、

 坂を下りたところを横切って歩く町の人が見えた。


~~~~~~~~


 町の中央から外れたあまり人気の無い広場に、若い男一人と馬一頭がいて、小さい小屋みたいな物が近くにあった。 

 それはとても珍しい光景に見えた。なぜだろうか。男の服装のせいだろうか。


 紺色の上等な生地の、短めのガウンを羽織っているのが特徴的だった。

 茶色寄りのブロンドの頭髪が盛り上がっている。

 そして背中に棒を背負っていた。何に使うのかはわからない。


「彼はノマヤカさんだ」

 お父さんが早歩きで男の元に向かう。

 僕はその後を追いかけた。


 先に出迎えとしての言葉を述べたのはノマヤカさんだった。どこか自信なさげであった。

「お、お待ちしておりました。それで、お乗りになられるのはどなたでしょうか?」

 大きな声を出そうとしたみたいだったけど、その声はドンドン小さくなっていく。

 それでも僕達が近づいていっているから、最後までちょうどいい声の大きさであったようだ。


 それにしても、僕はノマヤカさんの背中に背負った棒が気になった。先端の部分が木の根っこみたいに広がっていて、しかし平らになっていた。

 それに頭髪が湿っているようだ。何かを練り込んでいるらしい。


 馬は鞍を背負っていて、脚を引っ掛けて登るための輪っかがぶら下がっていた。首の辺りにも大きい輪っかが通してある。そのそれぞれが上等な紐で、身体に固定されていた。


 お父さんが後ろの方を歩いている三人を指し示し、それから視線を落として僕を指し示した。

「計五人です」

 ノマヤカさんは口を半開きにしたまま、何かを考えているようだった。お父さんの後ろの方を見ている。

 それを見て、お父さんは心配になったようだ。

「あの、大丈夫ですか?」

「はい、あ……そのですね…」

「何でしょう?」

「いえ……五人とは伺っておりましたが、その……もうしわけありませんが四人には出来ないものでしょうか?」

 そのたどたどしい言い方を聞いて、お父さんの顔にはっきりとした困惑が浮かんだ。

「え、それはどういうことですか?」

「いえ、あの、誠に申し訳ないのですが……、『転送術』で浮かせるので、重量の限界があるんですね。ですから、四人にしていただけないかと…」


 二人が話しているのを耳だけで聞きながら、

 僕は浮遊馬車なるものを観察した。普通の馬車に見える。


 それからさっき、ノマヤカさんが見ていた先に何があったのかを考えた。

 後ろを振り返ってみて、その先にはナラセさんの姿があったのではないだろうかと思った。

 お父さんとの話が揉めているのは、ナラセさんの体が大きすぎることが原因なのかもしれない。

 ナラセさんは僕からの視線に気付き、不思議そうな顔で僕を見た。


「ライラ、行くぞ」

 何処へ?とは思ったけれど、ただ少し後ろで待つお母さん達のところに戻るだけだった。


 お母さんは不満そうだった。

「話が違うじゃない?」

「ああ、そうなんだ。今更一人減らせと言われてもなぁ」

 お父さんも不満そうだった。

 何だかこのままだと、浮遊馬車に乗れるかどうかが怪しくなってきた。


 四人はそんな僕に関係なく話を続けた。

 タミラさんが、

「失礼します。クロト様、タチナツ様、宜しいでしょうか?」

 と聞いた。

 お母さんが話を聞く。

「タミラさん、何でしょうか?」

「ノマヤカさんはナラセさんを含めた五人を乗せるのが難しいと、そう仰られているのではないでしょうか?」

 それを聞いたナラセさんが、何かに納得したように「ほう」と言った。

 お父さんも何かの答えを思いついたようだ。

「…ナラセが重そうだってことか」

「はい、そう思ったのですが」

「言われてみればありえない話でも無いと思うけど……でも、どうしてそんなことを思いついたのですか?」

 みんな、タミラさんの言いたいことに大筋では納得している。

 僕は、その答えはさっき僕自身が考えていたことに関係あるのでは、と思った。

 タミラさんは言う。

「ライラ様のご様子を見ていて、もしかしたらと」

「ライラがどうかしたの?」


 急に僕の話になった。みんなが僕の顔を見た。


「さっき、ナラセさんの方をじっと見ておられたもので……、クロト様とあの方のお話を隣で聞いておられたのでしょうから」

 その通りです。

「そう思った」

 僕がそう言うと、

 お父さんは顎に手を当ててから、納得したように鼻を鳴らした。

「なるほどなぁ、そういえば昨日あの人に、ナラセのことを言ってなかったことを思い出したよ」

「なら聞いてくるしか無いわね」

 とお母さんが言う。

「ああ、行ってくるよ」


 お父さんはそう言って、ノマヤカさんの元へと向かった。

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