第2話

 ラーラとの出会いから一晩経った。ラーラのは知り合いの宿屋に泊まってもらい、僕は父親に長期外出の直談判をした。中央の研究所で取り組まれている治癒魔法の改良研究に興味があると言えば案外すんなりと認めて貰えた。中央には姉が滞在していることとカズヒコが同行してくれることも大きかったようだ。出発の日を2日後に決めた僕は、より詳細な話を聞くためラーラに会いに来た。

 

「それで、宝珠についてもう少し聞かせて欲しいんだ」

「我々エルフが人の形を得るきっかけとなった膨大な魔力を秘めた石だと聞いている」

 

 ラーラは衿口から服の中に手を入れるとペンダントを取り出した。それには翡翠色に輝く石が嵌められており膨大な魔力を感じる。

 

「これはその宝珠のかけらだ。私が人の形を保てているのもこれがあるからだ」

「人の形?本当は違う姿なの?」

「エルフは風の民。風と共に流れる魔力が集まってできた意識体を先祖としている。人の姿を崩せば風に溶け込むことが出来る。しかし風の姿は魔力を帯び発光し目立つため人の姿を取っている」

「エルフは本来風そのものってこと?」

「そう解釈してくれて構わない」

 

 ラーラは徐ろにペンダントを首から外す。すると彼女の体は徐々に透けていき、淡い緑色に輝くふわふわとした塊になり宙に浮かんだ。

 

「僕が見たのは、ラーラの風の姿だったんだ」

 

 一昨日見た謎の光について思い出す。確かにそれも緑色に輝き風のように森の上を流れていた。

 僕が驚きに身体を固めていると光はテーブルに置かれたペンダントをすくうように動く。ペンダントが浮かび上がると光は徐々に大きくなり輪郭を強めていく。やがて輝きが落ち着いてくるとラーラの人の姿が現れた。

 

「すごい……」

「エルフにとっては普通のことだ」 

「僕の常識がいかに狭いか思い知ったよ」

「そうか」

 

 ラーラは僕が驚いていることに関して興味が無いようだった。窓から見える小鳥をぼーっと眺めている。彼女にとって全く別の姿をとるこはごく当たり前のことでそれを驚かれるのにも慣れているということだろう。僕は少し寂しくなった。自分が自分として生きているだけで驚かれるなんて居心地がいいものでは無いだろう。

 

「ありがとう、ラーラ」

「何がありがたいんだ?」

 

 ひどく純真なその顔に僕の凝り固まった世界が壊れる音がした。当たり前なんてものはなくてその人の中にしか真実は無い。そんな曖昧な世界をもっと感じてみたい。

 

「ねぇ、どうして宝珠は奪われたの」

「さぁ私には分からないな。力が欲しかったのか、我々が人の形を取るのが気に入らなかったのか」

「王国軍は国王にしか動かせない。どんな理由であったとしてもエルフから略奪を行った歴史があるなら当時の王は亜人族に友好的だったという話が嘘になる。教科書にも載ってるようなことなんだから国家ぐるみで嘘をついていることになるよ。そもそもおかしいと思ってたんだ。現王が亜人族嫌いなのは有名だけどんな過去の王は友好的だったことを強調して教科書には載せてあるんだ。こんなの現王への批判が……」

「よく喋るな」 

「えっ、ごめん」

 

  考え始めると抑制が効かなくなる癖は旅に出る前に治せるだろうか。今後のことが少し心配になってきた。上手くやって行けるだろうか。

 

 

 ***

 

「馬車はもう手配したのか」

「うん、父さんに旅費も貰えたし少し贅沢出来ると思うよ」

「真面目なフリしてちゃっかりしてるなお前」

 

 ラーラと別れたあと、僕はカズヒコの家に来ていた。カズヒコの家は僕たちの住むウェミサル区を統治する騎士の家でとても大きなお屋敷だ。僕の家もウェミサルでは有名な魔法士の家系だがカズヒコの家は国王に仕える騎士なので格が違う。しかし、カズヒコを始め家の人達はそうとは感じさせない朗らかな性格で僕はこの家に来るのが大好きだった。

 

「カズヒコは大丈夫なの?学校もあるんでしょう」

「剣術で単位は取ってあるからな。まあ……どうにかなるだろ!」

「僕はカズヒコの方が心配だよ」

「まぁまぁ、そこはユーヴィンスくんのその頭脳でお手伝いをしてくれれば……な?」 

「もう〜最初からそのつもりだったでしょ」 

「カズヒコ様、ユーヴィンス様。クッキーが焼けたのでお持ちいたしました」

 

 取り留めもない会話をしていると、メイドが部屋に入ってきた。焼きたてのクッキーは食べ盛りの僕たちの胃袋を刺激するのには十分で2人してクッキーに釘付けになったのは言うまでもない。

 

「レミリアさんのクッキー大好きだから嬉しいな」

「商売できるレベルだよな」

「そう言っていただけて光栄です」

 

 外はサクサク中はしっとりのクッキーを頬張りながら僕とカズヒコはこれからの旅路に思いを馳せ語り合ったのだった。

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