迫害されているエルフと出会ったので王都に乗りこむことにしました

くろねこ

第1話

 ──それでも我は、愛してしまったのだ

 

 細められた瞳は慈愛の色を灯し、声色には固い決意が滲んでいた。

 

「ふん、なら好きにするがいい」

「何を言うても聞きはしまい」

 

 興味を失ったように去っていく背中を見ながらほうっとため息をつく。

 

 身体は鉛のように重くなり意識は遠のく。

 

 ──どうか、その時まで覚えていておくれ

 

 

 

 

 ***

 

 

 目が覚めると、そこは見知った部屋だった。眩しい西日が差し込む窓は少し開いていて、風がカーテンを揺らしている。どうやら随分寝てしまっていたようだ。

 

「早く帰らないと、怒られちゃうな……ってなんだあれ」

 

 ふと、窓の外を見ると緑色の光が見えた。ふわりふわりと漂うように空に浮かぶそれは徐々に高度を下げていき、遂には森の方へと落下してしまった。

 

「気になる……!でも帰らなきゃ、うーん我慢だ」 

 

 手早く帰り支度をすると後ろ髪を引かれながらも帰路に着くのだった。

 

 

 ***

 

 

「それでこの辺りは光ってた、と」

「うん、時間もなかったし僕だけじゃこの森に入るのは心もと無かったから...」

 

 翌日の麗らかな午後。ユーヴィンスはカズヒコと共に森にやって来ていた。カズヒコは四歳年上の幼馴染で、剣術が得意な青年だ。短く整えられた黒い髪がトレードマークで、気が良く頼り気なる存在である。

 

「俺に任しとけって、絶対にヒミツを暴いてやるぜ」

「そんな大袈裟な……見間違えかもしれないし」

「ははは、それでもお前とここへ来るのは久しぶりだし悪くねぇけどな」

「最近はお互い忙しかったもんね」 

 

  くだらない話をしながら、森を進んでいく。魔獣が出るため危険ではあるが、学校も近く整備されているため幼い頃はよくカズヒコに連れられて探検に来たものだ。その時、ふと視界の先に何かが動いているのが見えた。木陰に潜むそれに魔獣かと一瞬怯むが、どうやら人であるようだ。

 

「カッカズ、あれ!」 

「え?誰か倒れてるじゃねえか!」

「カズは周りを見張ってて、僕が治癒魔法をかけるから」 

「分かった」

 

 魔獣が寄ってこないようにカズヒコに頼むと、僕は倒れている人物に駆け寄った。近づいてみるとそれは少女のようで腹部から酷く出血している。森を閉じ込めたような深い緑の髪の間から見える目は閉じられていて危険な状態であることが推測できる。背負っていた鞄から分厚い本を取り出すと慣れた手つきでページを開く。複雑な魔法陣が描かれたそのページをしっかりと開けると、周囲の魔力を本に集中させる。魔力が集まってくると淡く光りだしやがて眩しいほどの光になると少女の患部も光り出す。少女の状態を見極めながらゆっくり確実に魔法をかけていく。

 

「……!?」

 

 魔力が一点に収束するために起こった風が少女の髪を巻き上げる。そこで顕になったのは、人間のものとは違う長い耳だった。

 

「亜人族……」 

 

 亜人族。エルフやドワーフなど人間に似た姿をしているが人間とは異なる種族だ。最近はほとんど見なくなった亜人族がここで倒れているということは……

 

「……っ」 

「あ、気が付きましたか!?」

「……すまない、迷惑をかけたな」 

 

 瞼が震え、少女が目を覚ます。迷宮入りしかけていた思考が現実に引き戻され、彼女が無事であったことに安堵する。

 

「いえ、治癒魔法を扱える者として当然のことですから。それより...なぜ倒れていたのか覚えていますか?」 

「……それは、言えない」

「言えない……?貴女が……亜人族であることに関係しているんですか」 

「見たのか」

「不可抗力で」

「そうか……そうだ私は人間では……」

「おーい、大丈夫か?」 

 

 彼女の口から真相が語られるのを遮るように大きな声が森に響き渡る。それは聞き慣れたカズヒコのもので手を振りながらこちらへと駆けてくる。

 

「カズ……うん、治療は終わって話を聞いていたんだ」

「そうか、良かったぜ。俺はカズヒコ。どこから来たんだ?名前は?」 

「そんな矢継ぎ早に話したら困っちゃうよ。でも僕も自己紹介がまだだったね。ユーヴィンスだよ。魔法構築学を専門にしているんだ。君の名前、聞いてもいいかな」

 

 彼女はじっと僕を見つめていた。信用に足る人物か品定めされているようで居心地が悪い。しかしそれは長くは続かず彼女は口を開いた。

 

「ラーラだ。私は人間では無い。他言しないで貰えると有難い」

「人間じゃないっ!?」

「シー、声がでかいよ」

「彼女は亜人族。倒れていたことと関係があるらしいんだ。」

「亜人族……そうか、すまない」

「気を遣わなくていい。お前達は私の首に興味は無いようだからな」

 

 ラーラは地面を見つめた。彼女がどんな経験をしたのか想像もできない。しかし、彼女にとって楽しいものでは無いことだけは分かった。

 

「首……誰かに襲われたの?」

「亜人族の首には懸賞金がかかっていると聞いた。金目当ての輩だろうな」

「やっぱり襲われたんだね。見つけられて良かったよ」

 

 彼女が倒れていた理由は判明したがまだ疑問は残っている。

 

「この辺りは人が多いのに、なにか目的があって来たの?」

「国王に会うためだ。首だけの状態で行っても意味は無いからな。本当に助かった」

「国王に会うって、正気か? 亜人族を迫害するような命令を下したのは現国王だぞ?」

 

 現国王は亜人族嫌いで有名で、国内に居住することを禁止して懸賞金をかけた。そんな国王に会いに行くなど命を捨てに行くようなものだ。カズヒコの言葉に思わず頷いてしまう。

 

「当然承知している。だが、それしか手がかりがないのだ」

「手がかり...?」

「我が一族に伝わる宝珠だ。それを300年前王国軍に奪われたのだ。一族の末裔としてそれを取り返したい」

「国軍が亜人族に宝珠を盗んだ? 本当に?」

 

 300年前。その時代はまだ亜人族も多く交流も盛んだったと聞くが、宝珠を奪取したなどという話は聞いたことがない。いやしかし、当時の王朝は……

 

「あー……」

「そいつはどうしたんだ」

「ユウは考え込むと周りが見えなくなるんだ、悪いな」

「そうか、世話になったな。もう行く」

「聞いといて興味無いのかよ!」

 

 カズヒコの渾身のツッコミに正気に戻った僕はあることを思いついた。

 

「待って」

「どうした」

「国王に会いにいくってことは中央、ジャスティガルに行くんでしょ?僕もついて行っていいかな?」

「何故だ、私と行動しても不利益しかないだろう。それとも懸賞金か」

「違うよ。君の言っていることが本当なら僕たちには知らされていないことが沢山あるんじゃないのかって思うんだ」

 

 キッと僕を睨みつけるラーラを真っ直ぐに見つめながら僕は言った。

 

「僕は真実を知りたいんだ……研究に行き詰まっていて気分を変えたいって言うのも本音だけどね」

 

 ラーラは切れ長の目を大きく開いていた。すると今まで黙って僕を見ていたカズヒコが口を開いた。

 

「おいおい、本当に大丈夫かよ。親父さんも許してくれないだろ」 

「父さんには、中央の研究機関に用があるとでも言うよ」

「嘘までつくのか……うーん」

 

 カズヒコは僕の突拍子もない申し出に困惑し心配してくれているようだ。腕を組み首を捻っている。

 

「よし分かった」 

 

 カズヒコは唐突にそう言った。

 

「俺も行く」

「ええ!?」

「お前は俺がいなきゃダメだろ」

「カズヒコ……不甲斐ないけど有難いや」

「へへへ、お前が生まれた時からの付き合いだからな」

「私抜きで話を進めないでくれないか」

 

 幼馴染の熱い友情に感動していた僕らはラーラの冷めきった一言で我に返ったのだった。

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