第5話 二人
「特殊な血液?」
まだ息が上がっている。ここは手術室のようだ。部屋の中心にベッドと、それを照らすライトが置かれている。
建物内には、カサイたちを探している人間たちが走りまわっている。追っ手をやり過ごすため、二人はこの部屋に逃げ込んだのだ。
カサイは、様々な用具が置かれている棚に寄りかかって床に座り、男の方は、壁に背を預けて立っている。
カサイは男の姿を見た。手袋をして、白いつなぎのような服を着ている。胸元が開くようになっており、内側にいくつかポケットがあるようだ。後ろでくくっている髪が、うなじに少しかかっている。相変わらず冷たい目で、無表情だ。
男がこっちを向いた。カサイはじろじろ見ていたことをごまかすため、先ほどの女性について聞いた。なぜあんな状態に。正直、知りたいことは山ほどあったが、口をついて出たのが、この質問だった。
男の返答は、カサイの血液が特殊だから、というものだった。
「おまえが生まれつき特殊なわけじゃない。その血液は輸血されたんだ。おまえが運び込まれた病院でな」
眠っている間に輸血されていたらしい。カサイは左腕の包帯を見た。
「その血液のにおいをかぐと、人はなにも考えられなくなる。ただ全力でその血液を飲もうとする獣になる」
先ほどの女性を思い出した。瞳孔は開き、しがみついて離れようとしなかった。
「おまえに入れられたのは、この国にも限られた数しかいない血族の血だ。病院でされたことは、いわば人体実験だ。おまえはたまたま適合して、おまえ自身が、特殊な血液の持ち主となったわけだ。おまえが病院に運ばれたのも、イレギュラーだったようだしな。本当にたまたまだ」
男は、じっとカサイを見ながら話した。反応を見ているのか、何かを確かめようとしているのか。
カサイは、男が誰なのか聞いた。そもそもなぜこんな話を知っているのか。
「俺はフランツ」と男は言いかけて、「いや、呼びたければフクダと呼べ」と言った。
名前を聞いたんじゃない、と思った。フクダは続けた。
「おれは、国の対血液テロの実動部隊だ。部隊名はない。おまえに入れられた血液を使った犯罪が起きることを防ぎ、その血液の存在が、他国に漏れることを抑止するために存在している」
「この国にしかいないの?」
フクダは、葛西の言葉に少し戸惑った。
「…いや、他の国にもいる可能性はある。だがどこの国も、表沙汰にはしていない。混乱のもとだ。俺たちの部隊に名前が無いのも、情報が漏れるのをできる限り防ぐためだ。手当たり次第に情報統制することはせずに、ある程度の情報は野放しにする。しかし、国が知りすぎたと判断した人間は、始末する。世界の平和のためだ」
肌寒い部屋の中の空気がさらに冷たくなったように感じた。
「きみのその血液にも、正式な名前は無い。だが、俺たちは便宜上、その血液をベータと呼んでいた。ベータを持つ人間を保護し、管理するのも俺たちの仕事だ」
フクダは部屋を見渡した。
「ここは、ある団体の地下施設だ。表向きは、宗教団体の本部だ。おまえに入れられた血液の存在を知っていて、それこそが人類の、本来の血液だと信じている連中だ」
「本来の血液?」
「この世界のほとんどの人間に流れている血液は、人類本来の血液ではなく、地球の外、宇宙からもたらされたと考えているようだ。そいつらが病院と共謀して、ベータを持つ人間を複数人、我々の施設から連れ出して、その血液を別の人間に輸血する実験を行った。それがすぐにばれて、輸血した人間だけここに連れてきたわけだ」
「それで、あなたは私を始末しに来たの?」
フクダは、その問いに答えない。
「病院を襲ったのは、あなたの仲間でしょ。あなたは、その病院で輸血された人間を探しにここまで来たんでしょ」
「無関係な人間は殺していない。ベータの痕跡を消すためだ。そしてベータを知っている人間を。それと…」
「あなたたちが保護していた人間もね」
「彼らは、真実を知って、自分達の意思で我々の施設を抜け出した。うちの部隊の内通者と、ここの連中の手引きでな。病院で、奴らの人体実験まがいなことにも手を貸したのも事実だ。始末するしかない」
「じゃあ私も?」
「きみは、ここから連れ出す」
「どうして?あなたは最初に言ったわ。おまえらがいた病院って。輸血されてここへ連れてこられた人が他にもいたはず。あなたの任務は、病院を襲った人と同じ。すべての痕跡を消すこと。つまり…」
その時、部屋のドアが開けられた。
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