第4話 ある講演
ヤスダは、短く刈り込んだ頭を掻き、小さくあくびをした。
この中学校には、一年間に三回、卒業生の講演を聞く時間を取ることになっている。そのうちの一回が、これから始まろうとしていた。全校生徒が、全員体育館に集めて座らされ、講演の開始を待っている。
今日の講演者は、歴史学者をやっている人だと、担任の教師が言っていた。
講演が始まる時間になり、男が壇上に上がった。やせた体に少し大きめのスーツを着て、眼鏡をかけている。
彼の話は、つまらなかった。話し方に抑揚が無く、眠くなってくる。話が始まって五分もしないうちに、隣の同級生がうなだれて小さく寝息を立て始めた。斜め前の方に座っている、真面目なクラス委員長でさえも、船を漕ぎながらも眠気と闘っている様子だ。
ヤスダは、特別真面目という訳では無かったが、話をしに来てくれている以上、聞くだけ聞こうとは思っていた。だが、やはり内容は全く頭に入ってこなかった。
そして、男の話が終わりに向かってきた。講演の時間はあと十五分ほどある。早めに終わってくれたらうれしいな、と思った。
話がひと段落し、壇上の男は少し黙った。
講演はまだ終わらなかった。男は用意されていたペットボトルのお茶を一口飲んだ。
そして始めた話は、それまでの話とは毛色が違っていた。
男は、自分の専門分野ではないと前置きした後、それまでは使っていなかったプロジェクタ-で、三つの写真を舞台の奥のスクリーンに映し出した。
世界の別々の場所で見つかった壁画だという。その三つに、同じような絵が描かれていることが分かる。
跪く人々、その少し上にいる両手を広げた人物。そしてさらにその上には、赤い人。
一番上に描かれている人の形だけは、すべての壁画に共通して赤色で描かれているのだ。赤い人はおかしな体勢だ、飛んでいるのか踊っているのか。
生徒たちは、男の話に興味を持ち始めた。
この絵が何を意味しているかに関しては、巫女や共同体の指導者と言った人物を、人々があがめている絵である、という考えが定説になりつつあるという。
しかし私個人はこう考えています、と男はつづけた。
「赤い人は、生命の象徴です。そしてその下に描かれた、両手を広げた人物は」
男は少し間を置いた。
「この人物は、宇宙人です」
生徒たちは、あっけにとられた。
「この人物が、地球に生命を、と言うよりも人類に進化を与えたのです。この人物が、我々を今の姿にしたのです。」
生徒たちが、顔を見合わせて苦笑し始める。ミナカワも、他の生徒と同じ気持ちだった。ぶっ飛んだSF映画じゃないか。
構わず男は話を続けている。赤い人は進化に耐えることができなかった人かもしれないし、宇宙から来た彼らが行なった、人体実験の犠牲者かもしれない、と持論を展開している。
もう生徒たちは笑いを隠さなかった。笑い声があがる。男はそれを予想していたようだ。
「荒唐無稽な話と思うでしょう。しかし、残された歴史的な資料たちは、私のこの仮説を否定することはできません。歴史とはそういうものなのです」
生徒たちが静かになる。
我々は、過去の人びとが残したものから歴史を想像しているに過ぎない――歴史の分野には、我々がこうだと決めつけることができない部分が数多く存在する――だからこそ歴史を学ぶのは面白い――といった話で、男は講演を締めくくった。
生徒たちから拍手が送られ、男は袖の裏に引っ込む。
ヤスダは、最後の話は少し面白かったなと思った。しかし、あの男の抑揚のない話し方がいけないのか、強く印象に残る話では無かったな、とも思った。
事実、この時の話がヤスダの記憶に残ることは無かった。
そして現在、当時この体育館にいて話を聞いた誰もが、この男のことを覚えていない。
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