第3話 邂逅

 カサイは目を覚ました。誰かに起きてと声をかけられた気がする。薄く目を開けたが、周りには誰もいない。

 カーテンが見える。ベッドの周りを囲んでいる。いつも寝ているベッドではない。体が泥のようでうまく動かせない。まるで自分の体ではないようだ。

 ぼんやりした頭で考えた。最後に覚えていることは…事故だ。そう、事故にあった。車にはねられ、そして…。目の前の病院に運び込まれた。そうだ、ここは病院か。

 少し頭を動かして周りを見る。ベッドの周りには何も無かった。

 カサイは力を入れて、ゆっくり起き上がった。まだ頭がぼーっとしている。

 自分の体を改めて見る。薄い緑色の、病人用のパジャマのような服を着ている。左前腕部には包帯がまかれ、なぜかその上からラップのようなものがまかれている。

 どれくらい寝ていたのだろう。

 その時、カーテンの外から足音が聞こえてきた。

 かなり慌てているような足音だ。カーテンが開けられ、そこに立っていたのは白衣を着た女性だった。看護師か、それとも医者だろうか。

 女性は、カサイが起きていることに驚いた様子だったが、「その方が都合がいいか」とつぶやき、カーテンを大きく開けた。

「今すぐここから移動します。歩けますね?」

 そういって女性は、ベッドから降りるように促す。カーテンの向こうに見えた部屋の壁は、殺風景なコンクリートだった。部屋の出入り口がすぐ近くにある。

 カサイは、あなたは看護師なのか医者なのかどっちなんだ、とどうでもいいことを考えながら、言うことを聞かない体に必死に力をいれ、ベッドから足を出した。

 その時、部屋の出入り口のところに人影が見えた気がした。そっちに気を取られて、バランスを崩してしまった。

 女性が支えに入るが間に合わず、床に転がった。膝を床に打ち付けてしまう。鈍い痛みに顔をしかめる。

 膝がすりむけ、血がにじんでいる。

 女性は、それを見てぎょっとして固まってしまった。

 そして、次はカサイがぎょっとする番だった。

 女性が、カサイの血のにじむ膝をしゃぶり始めたのだ。

 何が何だか分からなかったが、気色が悪く、女性を引きはがそうとした。しかし女性の力は強く、ちらりと見えた彼女の瞳孔は開ききっていた。

 その時、部屋の中に音もなく人が入ってきた。男だ。

 彼は、女性をカサイから引きはがした。そして、A4ほどの大きさの、薄いゴムのようなものの両側を持って、女性の顔に押し当てた。

 白いゴム膜のようなそれは、女性の顔にぴったりとくっつき、女性が顔をいくらかきむしっても取れそうにない。口の部分のゴム膜が勢いよく、膨らみ、しぼみを繰り返すが、空気が漏れることはないようだった。

 男が、カサイの方に向き直った。

 カサイは、何が起きているのか分からず、ベッドの横にへたり込んでいたが、男が胸元から同じような白い膜を取り出したのを見て、一気に恐怖に襲われた。

「ちょっ、ちょ」

 うまく回らない舌と頭で、何とか言葉を発しようとした。何も分からないまま、この無表情に迫ってくる男に襲われるのはごめんだ。

「ちょ、ちょっとタンマタンマ」

 こんな言葉を発するのは、小学生以来かもしれない、この緊迫した状況にそぐわない言葉を絞り出した自分が、ばかばかしくなった。

 しかし、その言葉を聞いて、男は動きを止めた。無表情でカサイを見つめる男の目からは、何の感情も読み取れなかった。

「おまえ、血液型は」と男が聞いてきた。

「え、AB型」

 意味が分からないまま、正直に自分の血液型を答えた。

 その答えを聞いて、男はしばらく沈黙した。そして、持っていた膜をベッドに放った。

「ここから出るぞ」男が言ってきた。

「出るって、この病院を?」

 男は、眉をひそめてカサイを見た。

「何も知らないのか」

 カサイはうなずいた。

「事故にあって病院に運び込まれた。それで、さっき起きたらここにいた」

 カサイはありのままを話した。男はしゃがんで、カサイと目線を合わせた。

「ここは病院じゃない。お前らがいた病院は、今ごろ燃えている」

 カサイはさらに混乱した。病院が燃えている?それに、お前らってどういうことだ?

 その時、サイレンがけたたましく鳴った。この部屋だけではなく、建物中で鳴っているようだ。

「とにかく動くぞ。ついてこい」

 そう言って、男は部屋を出ていった。

 目の前で起きたことを、カサイはまだ理解できていない。だが、男についていくべきだ。なぜかそう感じた。

 急いでカサイは立ち上がった。さっきまでとは違い、体が少し軽くなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る