ライオンは強い 7

「先に言っとくけど」


 スバルは丸腰だとアピールするように両手を上げて横に振った。


「僕は~…。お前に興味が全くない。普通に女の子が好き。今までもこれからも一生、そういう目では一切見ない」


 気を遣って話そうとしたくせに、特に練られてない言葉のまんまだった。


「膝で歩いてるのが痛そうで可哀そうってアンさんが言うから、しばらくは僕がお前を担いで世話することになった。車椅子を手配する予定だから、その日までどうしても同性の僕が面倒見ることが多くなるけど我慢しろ。だから、その度さっきみたいにいちいち暴れたり蹴ったりするの止めてくれ。今日会った他人を信じろとは言わないけど、僕もアンさんもお前に手を出したり傷つけたりなんてしない」


 そういうとスバルは椅子に座っていた俺の前にしゃがんで小指を差し出す。


「約束したからな。証拠に指切りげんまんでもするか」

「……俺15だぞ。ガキじゃない」


 スバルの垂れ目が一瞬吊り上がった気がした。


「……お前ホモじゃない?」

「お前じゃない、

「……はホモじゃない?」

「ホモじゃない。あと、今どきはホモの事はゲイっていうんだ。問題発言になるから覚えとけよ」


 この時の声色が少し優しかった気がする。それが聞けて、俺はひとまず安心した。


「じゃ、スバルはアンの旦那?」

「アンさんと僕はそんなんじゃない」

「じゃあなんで薬指に指輪つけてんの?」

「めざといなぁ。ここしか入んなかったんだよ」


 ちっ、ひっかかんねぇ。


「とりあえず今日は寝るぞ。アンさんも今日はシャワーだけにするって言ってたし……すぐ出てくるだろ。僕の顎も治したし、他にも色々あったからそろそろ限界のはず」

「顎?」


 スバルの発言で気がついた。俺の鉄拳であざができていたはずの顎が綺麗に戻ってる。


「もう怪我治ったの?」

「アンさんがね。あの人は特殊だから」

「どういうこと?」

「明日言うよ、ほらベッドに運ぶから捕まれ」

「…………俺、お前がホモじゃなくても、男に触られたくない」

「そのワガママはきけないな。お前重いもん」


 従うしかないのでおんぶされて2階に連れて行かれた。スバルは階段を上がって曲がった先の寝室の扉を片手で器用に開けると、部屋の奥にある広いベッドに俺を荷物みたいにぽいっと投げた。一瞬何するんだと言い返そうと思ったのに、無駄にでかいベッドと柔らかいマットに思わずテンションが上がってしまい、ジャンプしたら「バネが壊れる」とスバルに怒られた。

 今日はここで寝るのか。物凄くいいベッドみたいだから自分が厚遇されているんだと分かった。ちょっといい気分。


「あぁ、そうそう。分かってると思うけど僕も同じ日本人だから」

「アンは?」

「アンさんは国籍とかないから」

「何だそれ」

「それも明日話すよ。長くなるし、僕だって分かってない部分も多いんだ」

「? どういうこと?」

「明日話すよ」


 そう言いながら表情を一切変えず、スバルが当たり前の様な顔してベッドに入ってきた。

 さっき俺に興味がないなんて言っときながら2分もしないうちに矛盾した行動を取られた。びっくりしすぎた俺は逆に動けなくて「は?」とか「え?」みたいな声にならない声しか出せない。


「いや、何で」


 怖がる俺の顔色で遊んでたのか?

 畜生。一瞬でも信じた俺が馬鹿だった。と逆上しそうになった瞬間、スバルが口を大きく開けてあくびし、伝った涙を指で拭いつつベッドの面を叩く。いつの間に取り出したのかアイマスクを首からぶら下げていて、その姿はいつでも寝れると宣言している様だった。


「いや、ここ、俺とアンさんのベッド」


 スバルのたれ目が「だからお前なんかに興味ねぇっつってんだろ」と語ってる。


「は?」

「お前真ん中」

「え」


 2人で今から寝るって事?何で?

 いや待て。


、って言ったな。

 じゃあ3人?


 え、この2人普段一緒に寝てんの?


 それにも驚いたけど、俺はひとまず初対面が同じベッドで寝るというシチュエーションが理解できず頭に?を浮かべまくった。


「あれ、レオンくんまだ起きてたの?」


 アンが明るい声で寝室に入ってきたけどそれにも肝を抜かれた。さっきまでの露出ゼロのかっちりした白黒のシスター服とは打って変わって、薄い生地で水色のネグリジェに着替えていたアンは、エロ系のデザインの服を着ているわけではないのに谷間がはっきりと見えていた。理由は単純明快。おっぱいがでかいからだ。胸の生地が収まっていないんだ。

 今までおっさんの汚い黒乳首しか見たことがなかった俺は、色白で豊満なおっぱいの谷間を見るのが生まれて初めてだった。まるで焼く前のパンみたいなきめ細かい肌と弾力のあるおっぱいなんて、あんな仕事をしていた俺なんて間近で見る事一生ないと思っていた。


「ちゃんとスバルと仲良くしてた?レオンくん真ん中ね、落っこちちゃうから」


 当然のようにベッドに入ってくるアンを見て疑問が確信に変わった。


 え、ほんとに今から3人で寝るの?


 は?


 このおっぱいが横で寝るの?


「お、お、お、俺1人で寝る!!」


 恥ずかしくて真っ赤になった俺は思わずベッドから飛び出て行こうとしたのに、俺の服を掴んでそれを阻止したアンはにこにこ笑いながら俺を元の位置に戻す。


「駄目よ、今日は一緒に寝るの」


 自慢の胸に俺の顔をうずめるかのように、アンは俺をぎゅーっと強く抱きしめた。あったかいスライムが顔面を包み込んで、早くも遅くもない心臓の音が直接と言っていい距離で聞こえてきてより一層緊張する。変な性癖が芽生えたらどうしよう。15歳でおっぱいに狂う人生は健全だろうけどそれはそれで何か嫌だ。年上のお姉さんにしか興味のない大人になってしまう。


「アンさん、その谷間は思春期男子には刺激が強すぎます」

「あっごめんそういうつもりじゃなかったのよ。ハグしたらよく眠れるかなって思ったの」

「レオン、アンさんこういう人だから諦めて寝ろ。パーソナルスペースの概念がないんだ」


 善意なの?何この人。外国人って怖。


「でも、レオンくん体温高くてあったか~い……」


 川の字の真ん中の縦棒になった俺は10分のしないうちに聞こえてきた両サイドからの寝息をBGMにしていた。


 ドギマギして寝れなかった俺はどうするべきかと悩んで手をもぞもぞと動かしているうちに爪が金属に触れた。手を上げると、自分の右中指に指輪が嵌っている事を思い出した。

 …………そういえば色々ありすぎて、指輪をつけた途端にアンと話せる様になった謎技術について、詳しく聞くのを忘れてたな。「翻訳リング」って言ってたから翻訳機か。まるでドラえもんの未来道具みたいだ。

 スバルの手にも薬指に俺と同じものが嵌められている。スバルもこれを介してアンと会話してるのかなぁ、でもアンは同じ指輪はつけてない。……ん?どういうことだろう。アンは翻訳機がなくても大丈夫だけどスバルは必要?でもアンは俺と話すには指輪が必要だって言ってたけど……。


「よくわかんねー」


 テレビでこんなの見たことないけど、俺が外に出てない間にずいぶん時代は進化してたんだなぁ……。スライド式の携帯電話で喜んでたのに。ジャパネットたかたの製品かな。


 抱き枕だと思ってるんだろうか、アンの腕と足がタコみたいに俺に絡みついて取れなかった。スバルが無意識か意識的にか分からないけど、自分用の布団をほとんど俺にかけてくれていた。

 ――――2人の爆睡具合を見るに、寝てるうちに襲われるなんてこと起こらないだろう。アンも俺のために泣いてたし信頼していい人なんだと思う。スバルは、アンが慕ってるからおまけで信頼してやる。何と言っても、毎晩悩まされる幻肢痛が何故か今夜はなかった。この家に来て初めてホッとした気持ちを覚えたような気がすると、急に眠くなって瞼が勝手に重くなっていく。

 今が何の季節はよく分からないけどベッドの外は寒い。仕方ないから、ベッドの中は暖かいから、今日は大人しくここで寝てよう。

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