ライオンは強い 2

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 ママのお葬式には参加できなかった。僕が寝てる間に終えてしまったらしい。ベッドのわきに置かれた遺影の中で微笑むママがいた。


 リハビリは苦痛でしかなかった。芸能の仕事ができなくなった僕はただの怜音。友達なんていなかったから、誰もお見舞いに来てくれない。あんなにちやほやしてくれたテレビ局の人も、最初数人が来ただけですぐ誰も来なくなった。

 看護婦さんやトレーナーがいくら励ましてくれても、義足での歩行訓練をする気力が湧き出るわけがない。

 足が無くなって、ママがいなくなった僕は完全にもぬけの殻でしかなかった。


 パパはとっくの昔に僕の稼ぎを当てにして仕事を辞めていた。飲んだくれで女好きで、ママはいつも苦労していて、子供の僕から見てもろくでもない大人だった。

 12歳になる誕生日、リハビリも半ばに、入院費がもったいないという理由で僕は退院させられ、家に帰った。

 

 車椅子で帰った家は、何故か住所が新しくなっていた。きっと”手嶋玲音”が行方をくらまし、仕事をしやすくなるためだった。

 新しい僕の家には知らないおじさんがいて、脂ぎった顔で笑いながら僕に近付いてくる。

 その晩から、新しい仕事をすることになった。


 一晩でパパがいくら貰っていたか分からない。毎晩死にたい気持ちでいっぱいで、目覚めたら死んでないかなと願ってた。この頃、一人称が僕から俺に変わった。きっと、精いっぱいの抵抗の気持ちからだった。


 パパだった何かが誰かに電話で「ショタコンの変態相手なんだからデカくなられたら困る」と話した日から食事も減らされた。

 そんな生活には、半年もすれば何の感情も湧かなくなった。


 1日中テレビを見ていた。

 事故直後は”手嶋玲音”の事故について何度も取り上げていたテレビも、時間の経過とともに手嶋の手の字も取り上げなくなった。

 俺が笑顔で手を振っていた子供向けのバラエティ番組では、すぐに別の子役が俺の代わりになった。俺がセンターだったころ、わき役みたいな立ち位置で頑張ってた奴だ。


「俺の事みんな忘れたんだろうな」


 部屋の隅で呟いたって誰も聞いてくれやしない。


 餌みたいな食事を1日2回取り、暇なときはテレビを見て、週に2、3回変態の相手をする日々を送り続けた。

 義足で歩く練習なんてとっくの昔に止めていた。外出できる日が来るなんて思えなかったから。


 膝立ちも痛いからなるべくベッドやソファの上で過ごす俺は十代前半だというのにまるでじじいだ。死んだほうがましだと思いながら迎えた15歳の誕生日の前日、いつもみたいに馴染みの客が来た。


『イツモノ倍払ッタンダヨ。玲音君ノオ父サンニネ?イツモノ倍、多ク払ッテルンダヨ。15歳ニナルンダカラ、チョットヤソットデ死ナナイダロッテ』


 臭い口で意味不明なことをまき散らし俺に覆いかぶさったと思ったら、急に首を絞めてきた。


 遠のく意識の中思ったんだ。普通の15歳ってどんなのだろうって。

 こんなおっさんが首を絞めてきても簡単にねじ伏せて、やり返すことができるんだろうか。

 普通の15歳なら気持ち悪い顔をぼこぼこに殴って客を追い払ったあとに、こんな目に合わせたクソな父親を殺せるだろうか。


 いや、そもそも普通の15歳なら、親に売春なんてさせられないか。


 普通は学校に通って、勉強して、部活したり、放課後カラオケとか行くんだろ。

 彼女作って親に隠れてエッチなことするんだろ。それがきっと普通の15歳だろ。


 『アァ、イツモヨリシマッテル』なんて言いながら腰を振る気持ち悪いおっさんの相手するのは普通じゃないだろ。


 俺の記憶はそこで途切れた。

 次に目覚めたのは、外国人のおっさんがコーヒーを入れながら鼻歌を歌う部屋に置かれたソファーの上だった。


『~~~!~~~~!!~~~~~~~~?』


 目覚めた俺に話しかけてきたけど何人だ?青い目だからアメリカ人か?


『~~~~~~~~~~~~!』


 英語っぽい。でも英語じゃない気がする。それなら、フランス語?イタリア語?


『~~~~~~~~~~~?~~~~~』


 中国語?韓国語?ブラジル語?


『~~~~~~~~~~~~~~~!』


 何言ってんのか分かんねーよハゲ。ここどこだよハゲ。

 何語か分かんないまんま、俺は差し出されたおっさんの手料理を食べた。


 正体不明のおっさんに世話をしてもらった。

 風呂に入れてもらって、伸びっぱなしの髪をブラシで解してすいてもらった。

 コーヒーなんて飲めないと日本語で言ったら、少し困った顔をしたあと、あったかい牛乳を入れてくれた。


 一人暮らしのおっさんが甲斐甲斐しく俺の面倒を見るなんておかしいと思っていたら、案の定、夜の相手をさせられた。


 優しさの残る行為だった分、首絞め変態くそ爺の相手よりはましだった。

 だけど、俺の人生ってずっとこんなんなのか。搾り取るだけ搾り取ったら、その辺にでも捨てられるのかな。


『~~~~~~~~。~~~~~~?』


 だから、何言ってんのか分かんねーよおっさん。


 昼間、窓の外を眺めてみる。俺は、首絞め変態くそ爺の相手をした後、寝てる間クソ親父に外国にでも売られたんだろうか。

 おっさんの家は、巨大な隕石でも墜落したかのように崩壊した、どう見ても日本じゃない街の中に建っているみたいだった。うっすらと見える遠くの丘には教会が建っている。夜には点みたいに小さい灯りが漏れてるから、あそこには人が住んでるんだろう。

 

 おっさんはたまにどっか出かける。帰るとお菓子がある。全部俺にくれるのは嬉しかった。

 言葉を教えようとしてくれたので、おっさんの名前はジョシュアと言うのが分かった。おかげで知らない人から知ってるホモのおっさんに昇格。


 とはいえ夜の相手をさせられるのだけは苦痛だ。おっさんから逃げようと思って留守の間に試みたら、部屋の扉には鍵がかけられていて、窓には鉄格子が嵌められている。窓を開けて大声で助けを呼んでみたけど、人の姿を見ることがなかった。どんだけ田舎に住んでるんだよこのおっさんは。

 もう逃げらんねーかもと絶望しながら2週間ほど過ぎた。


『~~~~~』

「だから、何言ってんのか、わかんねーよ」

『~~~』

「はいはい」

『~~!!』

 

 何故かオセロの相手をさせられている最中、この時もおっさんが何を言ってんのか俺には分かんなかったけど、多分トイレにでも行くと言ったんだろう。一度部屋から出て行った。

 ご丁寧に外カギをかける音が聞こえたけどそれは特に気に留めなかった。それよりも気になったのは、しばらくしてから扉の向こうで【バタン】と、何かが倒れる音がしたことだ。


「おっさん?」


 返事がない。


「おーい」


 気配がしない。


「おっさん、ふざけんのやめてよ」


 ママがいなくなった日の事を思い出した。


 テーブルには、おっさんの淹れたお茶があった。とはいえティーポット1杯分と、飲み残しのマグカップ分だけだ。大した量じゃない。

 食料も、昼の食い残しとお菓子があるだけ。パントリーは部屋の外にある。


 扉に突進しても開かない。窓からは出られない。

 ここには誰も訪ねてきたことがない。窓の外を誰か通り過ぎたことがない。

 数時間も立たないうちに「死」の文字が頭をよぎった。


 あの時、事故に合ってなかったら俺の人生違っただろうな。体力を温存するため、ベッドで横になりながら考えた。

 俺はよく容姿を誉められていた。どの子役よりも将来が楽しみな完成度だと、とても11歳だとは思えない美しい顔だと、俺と出会った人はみんながみんな、まるで絵画でも見る様なため息をついた。

 俳優としてあのまま突っ走るのも良かった。顔を活かしてアイドルになるのも良かったかもしれない。

 いや、いっそ電撃引退して伝説の子役として名を残すのもありだった。


 せめて、せめてママが死んでなければこんな目には合ってなかっただろうな。足がなくても元気な人がたくさんいることは知っている。足がなくても車椅子に乗ってバスケットボール選手をしている人がいるとニュースで見たことがある。

 俺もリハビリを頑張って義足で歩けていたなら、バスケまでできなくても、普通の15歳みたいな学生生活を送ることができたかもしれない。

 それこそ放課後にカラオケに行って、友達と遊んで、彼女作って——。


「……女の子とエッチしてみたかったなぁ」


 部屋の隅で呟いたって誰も聞いてくれやしない。

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