第1話 ライオンは強い

ライオンは強い 1

『ママね。若い頃、女優さんになりたかったのよ』


 ママが笑顔で言っていたのを覚えてる。

 生まれてすぐに僕は芸能人になった。だから僕が子役として輝くのを心の底から喜んでくれるママの笑顔が大好きだった。


 生後数か月そこらで、人気女優が演じるヒロインの生んだ赤ちゃんになった。おむつのCMに出て、全国の薬局に僕の顔が並び、5歳でシングルファザーの子ども役としてドラマに出演した。それがきっかけで僕は爆発的に名前が売れた。

 子供向けバラエティ番組で仕事して、複数いるレギュラーのセンターとして僕は売ってもらえた。

 数えきれない本数のドラマやバラエティ番組にも出演した。

 僕は売れっ子としてテレビ局の人にも気に入られていたから、途中から営業なんてしなくても仕事が舞い込んできていた。


 途中からは忙しくて学校にまともに通えなかったし、たまに授業だけ出て体育はいつも見学していた。怪我をしたらドラマの仕事に差し支えるからだ。

 放課後もママがすぐに迎えに来る。休み時間に校庭で遊んだ記憶もない。だから、学校では浮いた存在の僕に友達はほとんどいなかったけど、平気だった。


 だって、売れれば売れるほどママが喜んでくれるから僕はそれだけで十分だった。


 ある日、ドラマの撮影が長引いて、帰りが遅くなってしまい僕は後ろの席に横になって寝てたんだ。


『れおちゃん、ちゃんとシートベルトして』


 それが最後に聞いたママの言葉。


 病院で目を覚ました。

 ————いない。

 ママがいない。

 真っ白な壁、真っ白な布団。

 腕から伸びる点滴。身体中に巻かれた包帯。

 異質で無機質な病院の個室に、たまたま看護婦さんが僕の様子を見に来ていた。

 

『ママどこですか?』


 看護婦さんは目を逸らして教えてくれない。

 

 ママがいない。

 ママがどこにもいない。


『ねぇ、ママ、どこ?』


 呼んでもママが来てくれない。

 

 あ。


 もしかしたら、病室の外のトイレに行ったのかも!

 いや、もしかしたらお腹が空いて売店に行ったのかも!

 だったら、廊下にいるのかもしれない。


 大きな声で『ママ』と叫んだ。

 だけど、ママは姿どころか声さえ聞こえない。


 体のあちこちが痛い。きっと僕は交通事故に合ったんだ。それじゃ今ここにいないのは仕方ないよ。だって、ママはお医者さんと話をしないといけないからだ。

 ドラマでやったことある。レントゲンを見ながら、「骨にヒビがあるから安静にしないといけませんね」というセリフを言う俳優に、「ヒビと折れるのは何が違うんですか」と聞く子供を演じたことがある。きっとママはあの時レントゲンを見たような部屋に行ってるに違いない。

 だってママは僕と離れたことなんてほとんどないんだ。

 きっと、怪我をした僕のことでお医者さんと大事な話をしてるだけなんだ。


 じゃあ、大丈夫だよって言いに行かなきゃ。

 僕元気だよ。家に帰ろうって言いに行かなきゃ。

 そんな訳ない。そんな訳があるはずがない。

 ママはまた僕の事を抱きしめて大好きだって言ってくれるはずだ。

 だけど、ベッドから降りようと自分の布団を剥がした僕は現実を直視する羽目になる。


 両膝から下の足が千切れて無くなっていた。

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