芋煮会をしよう 6
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―――
――
「………………死んじゃったの?」
風が雑草を揺らす音ばかりが響く庭で、レオンがやっと口を開いた。
恐る恐る開いたその口は震えている。当たり前だ、こいつはサトウさんのことを凄く慕っていた。それこそ父親の様に懐いて、男嫌いのレオンがサトウのおっちゃんと呼んで親しげに話す数少ない年上の男性の1人だった。
「レオンくん、よく頑張ったね。最後まで泣かなかった」
アンさんが眠ったサトウさんから手を離すと、胸に下げた十字架風のお守りを手に取り鎮魂の祈りを捧げた。頭の短い白黒のウィンプル(シスターが被ってるベールのことだ)が彼女の表情を隠すけど、声の強弱でアンさんの気持ちは読み取れた。魂だけになったサトウさんがこの先、無事に奥さんに会えますように、天国に行けますようにと彼女は願っているのだ。
自分が命を奪ったあの人が、あの世まで迷子にならないようにと、この世界で唯一の聖職者である彼女は祈っているのだ。
レオンはアンさんの言葉を皮切りに、わっと声を殺して泣き出した。15歳のレオンはアンさんの仕事にまだ慣れておらず、特に知り合いが死ぬと毎回大袈裟過ぎるほど泣く。
僕だって辛くないわけじゃない。サトウさんは本当に優しいおじいさんだったし、話を聞いたときには動揺した。何故なら、サトウさんはアンさんの『力』を憐れんでいた数少ない常識人だったからだ。
アンさんはこれまで何度も誰かの人生を終わらせてきた。それは、彼女が人間の生命力を自由自在に操ることができる不思議な力の持ち主だからだ
その力を使えば、人は痛くも苦しくもなく、まるで眠るように逝けるという。だからこそアンさんの力に頼る人々に怒りを覚え、「若い女の子に老人のわがままを押し付けるなんて何と愚かなんだ」と依頼者に唾を飛ばしながら直接注意する様な正義感の強い人だった。
――――そんな人でも死ぬ時はあんなに弱ってしまうのかと思うと胸の奥がざわつく。僕は冷たい空気を吸い込んで静かに深呼吸してから、心を落ち着かせた。
5分ほどの祈りを終えたアンさんは涼しい顔をしている。けど、彼女は仕事中は泣かないだけで、プライベートの時間になっても自分が殺した人の冥福を祈る様な人だ。決して、この仕事を好んでしているわけではない。
眠るサトウさんから離れたアンさんはレオンにゆっくり近寄ると、レオンの子猫みたいなふわふわの黒髪を撫でてやっていた。
レオンは車椅子の背もたれにもたれ掛かり、松葉杖をつくことも、自分の手でリムを回して、サトウさんのそばに行く余裕もなく泣き続けている。しゃくり上げた拍子に膝掛けがずれ落ちて、中身がないズボンの裾が、紐のように左右にぶらぶらと垂れた。
こいつには膝から下の両足がない。
だから無意識に自力で歩いて、自分の恩人の遺体に縋ることもできない。
僕はレオンの後ろに回ると泣いてばかりの坊やの車椅子を押し、アンさんと一緒に、サトウさんのご遺体のそばにゆっくり寄せてやった。
「レオン、お別れの言葉あるか」
「…………」
「……こんなに安らかな顔で逝けたんだ。サトウさんはきっと幸せだったよ」
「でも、でもスバル、俺なんもできなかった」
「お別れパーティを企画したのはレオンだろ。僕、サトウさんが芋煮の話をしてたことなんてすっかり忘れてたのにレオンが覚えてたからできたんだろ。サトウさん、喜んでたじゃんか。確かに『芋煮会がやりたい』って、随分前に言ってたもんな」
致死率80%とかいう某ウイルスもびっくりな出鱈目なウイルスが世界中に蔓延し、この世界の人口が9割近くも減少したのは今から20数年前の話だそうだ。
サトウさんの奥さんが亡くなったのもこの病が原因だ。手の打ち用がなかったんだよとサトウさんは深酒をした日に嘆いていた。
そしてもっと最悪な事が世界に襲いかかる。世界壊滅の危機を覚えたこの国の王が、王族、医師、著名な学者、各分野の博士などをかき集め、食料や生活必需品など、人類生き残りの計画に必要な材料だけを載せた宇宙船を作って国外逃亡ならぬ星外逃亡計画を図った。それは、人類の未来には役立たないとされた人々を捨てる慈悲のない選択だった。
臆病な王は人々が追ってこれないように乗船拒否した知識人を殺し、図書館や学校など教育の要となる施設は全て焼き払った。女子供、特に妊婦は魔女狩りの如く皆殺しにされ、クーデターやデモを起こす勢力さえも根絶やしにする様な暴君ぶりだったそうだ。
けれども王の蛮行には必ず神の鉄槌が下される、と言う事だろうか。
宇宙船は飛び立って数十秒後、空上で大爆発を起こし、文字通り塵となった。
原因は今も不明。
宇宙船の作りに不備があったのか、忍び込んだ反国王派が自爆テロを起こしたのか。はたまた別の何かが原因か。
色々予想はできるけど、解明したところで意味があるとも思えない。
僕は泣き止まないレオンを見守りつつ、顔を上げて遠くを見た。小高い丘にある僕らの住む教会からは、先述した宇宙船の残骸がよく見える。国のど真ん中に建っていた城に狙ったかのように墜落した宇宙船は、周囲を巻き込んでその一帯を見るも無残な土地へと変えた。鉄やコンクリートで出来た建物は紙のようにぐちゃぐちゃにつぶれ、悲惨な戦地の様に原形をとどめていない。
残された人々にはそれらを片付ける能力も体力もないから、そのまま放置された。残骸は20数年という時間をかけて蔦が生い茂り、野生動物や浮浪者の棲家となっていた。
「なんで、なんで死んじゃうんだよ」
レオンが苦虫を噛み潰すかの様に呟いた。アンさんはレオンと目線が合うようにしゃがむと、母親のような眼差しで、ハンカチで彼の目からこぼれる涙を拭ってやっている。
「死ぬ事なんてないじゃん」
「サトウさんは……一生懸命生きてきたの。こんな時代にレオンみたいに可愛い息子ができたって喜んでたのよ。やること全部やりきったって笑ってたじゃない」
「だって…………」
「アタシたちは見送ってあげよう。サトウさんの意志を尊重してあげることが、私達にできる唯一のことよ。レオンが泣いてたらサトウさん心配で天国に行けないよ」
「アンさん、冷えてきたし一旦レオン連れて戻っててください。僕、埋葬までやっておきますから」
「やだ。スバル、俺も手伝う」
「じゃあ泣くなよ」
「泣いてねーよ……――――――」
「泣くなら連れて行ってやんない」
「…………もうちょっと待ってよ、ばかスバル」
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