芋煮会をしよう 5

「…………どんな意味なの?」


 私達の会話に、暗い声のままレオンくんが入った。彼の生い立ちについては掻い摘んで聞いている。彼の場合きっと習う機会がなかったんだろう。


「…………できるなら、春、桜の下で死にたいものだ。仏様が春の満月の下で亡くなったように、という意味だよ」


 誰も返事をしないけどみんなが私の言葉だけを聞いてくれているのがわかった。

 アンちゃんが僕の体の痛みを取り除くために背中を摩る。人肌を感じるのはとても気持ちがいい。


「お坊さんっていうのは無欲であることが良いことらしいんだ。だけど、桜と満月の下で死にたいなんて、無欲とは正反対の贅沢な望みだと思わないかい?人間いつ死ぬかなんて分からないのに死に方を選びたいだなんて、……なんて烏滸がましい事かと思ったんだよ。……だから初めて知った日にお坊さんのくせに人間臭いなと思って、何となく覚えていたんだ」


 今の季節に桜は咲いてないし、満月も出ていない。


「私も、西行法師と一緒だなぁ。死に方を選びたいと思った」


 けれど、最後に楽しい思い出を作れた。

 妻が好きだった時間帯に死ねる事が嬉しかった。


「僕はこの唄が歳を取れば取るほど人間臭くて好きになったんだよ。きっとお坊さんだろうと、最後は大好きなものに囲まれて死にたいと思ったんじゃないかなぁ……。その気持ちが今ではわかるよ。僕も、できればトモコの手を握りながら死にたかった。それはもう叶わないけど、だけど今の人生で一番好きな人たちに囲まれて死ねるんだから最高だよ。私は、本当に幸せ者だ」


 あの世でトモコに会ったなら、どんな顔をするだろうか。怒るだろうか、喜ぶだろうか。どちらにせよ、トモコが死んでからの人生を1つ残らず聞いて欲しい。あんな事やこんな事が起こってしまったあの世界も、まだまだ捨てた物じゃないんだよと熱弁したい。


「それじゃあ、またいつかね」


 別れを告げた僕はそのまま目を閉じて、アンちゃんに身を委ねた。アンちゃんがゆっくりと唱える言葉に耳を傾けているうちに、だんだんと意識が遠ざかる。

 子供の頃、親の前で寝たふりをして布団まで抱っこしてもらった時みたいな感覚。

 愛する人と裸同士で抱きしめ合ってる様な幸福感にも似ている。

 暖かくて、不安なことなんて1つもない。

 幸せの国に行ける様な気分。


 トモコ。

 出会えたら、また君とマジックアワーの空の下を散歩したいよ。

 できれば怒らずに私を迎えておくれ。君の笑顔は世界一美しいんだから。

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