芋煮会をしよう 4

「そろそろ、トモコに会いに行く頃合いかなぁ」


 妻が亡くなってからの20数年間。私は一刻だって妻のトモコを忘れたことがない。


「もう充分だよ。アンちゃん、スバルくん、レオン君。最期の日に、素敵な思い出をありがとう」


 20数年前の話だ。

 大流行した未知の病気でトモコが死に、私は寂しくて寂しくて仕方がなかった。彼女を失った私は心に穴が空いたような気持ちを隠しながら、それでも、何も希望のなくなった世界で生き残ってしまった人々と愚痴をこぼしながらもなんとか生きてきた。


 けれども2年ほど前だろうか。

 鏡に映った顔が何となく、いつもより黄色い気がした。

 気のせいだろうと思ってほっておいた。そのうち立ち上がれもしない日が増えていった。

 私の父は癌を患ったことがある。

 前は癌なんて風邪と一緒の扱いで、飲み薬で治るうちの1つだった。だから当時の私は父親が癌治療を受けたと聞いても、指先の小さい切り傷なんて誰も心配しないのと一緒でそれがどんな病気かなんて興味を持たず、知識として癌がどういう病気なのかを知りもしなかった。

 残された医学書を読み漁ってやっと見つけた癌患者の特徴と、骸骨みたいに痩せてしまった私の頬や体、体調不良の特徴は、見事なまでに一致し、己の愚かさを嘲笑うしかできやしない。

 私の体は父と同じ癌に冒され、死の順番が巡ってきたのだ。


「ごめんねアンちゃん。寿命が来るまで死なないと決めていたんだけど、病気でボロボロになっていくうちに、こんな見窄らしい顔でトモコに会うのが嫌になってしまったんだよ」

「いいんです。どうせならトモコさんだってイケメンなサトウさんがいいに決まってますもん。トモコさんと神様が笑顔で待っていてくれますよ。痛くないし苦しみもありませんから、だから、何も恐れなくて大丈夫です」

「――――許してくれるかい?アンちゃん。君の力を使うつもりは本当になかったんだ。君の力に頼る大人達を何人も見てきて、ずっと嫌悪していたよ。でも、今じゃ苦しみながら死ぬのが、恐ろしくて、とても怖いんだ。トモコがいないのにそんな苦労、私にはもう耐えられそうにないんだよ。病気になって、床に伏せるのが増えてからは、毎日早くトモコに会いたいとばかり思っているんだ。だけど情けない話だ。……自殺も怖くてね」

「怖くて当たり前です。そのために、私がいるんです」


 アンちゃんが皺だらけの私の手を握ると同時に体の痛みがすぅっと引いていくのがわかった。私がこの話をしてからはレオンくんは唇を噛んでうつむいている。レオンくんは泣き虫だから私の事を寂しく思ってくれているのかもしれない。スバルくんはアンちゃんのサポートをするために、強張った表情を浮かべながらそっと立ち上がった。


「………………願わくは、花の下にて、春死なん、その如月の、望月の頃」

「え?」

「昔の唄だよ。昔の偉いお坊さんが詠んだそうなんだ」


 不思議そうな顔をするアンちゃんの横で、スバルくんが答えた。

 

「…………国語の時間に習った覚えがあります。確か西行法師です」

「流石流石。ほんとは僕よりおじさんだもんねスバルくんは」


 もちろん私の方が何十歳も年上なのだが。

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