芋煮会をしよう 3

 皮を剥き終えたら鍋にサトイモを入れ、しばらくして浮き出た灰汁をスバルくんが掬い取った。彼のお手製だという醤油と味噌をそれぞれの鍋に入れ、サトイモが十分に煮えたのを確認してからそれぞれに肉を入れていく。出汁と肉の脂が溶ける匂いが混ざり合い鼻腔をくすぐった途端に涎が止まらなくなった。


 芋煮に特別な思い入れを抱いてしまうのは何世代か前までニッポンのトーホクに住んでいた先祖の血が私にも受け継がれているからだろう。私が子供の頃の話になるからもう何十年も前の話になるけれど、今日のような芋煮会は先祖のルーツの近い人を集めて秋頃に毎年行っていたのだ。みんな本当のトーホクなんて知らないくせに、うちこそが本家だと言い張って醤油味と味噌味の派閥争いを毎年性懲りも無く行っていた。血気盛んなやつは買い言葉に売り言葉で喧嘩を始める始末だから、子供心にどっちも美味しんだから大人気ないなと感じていたことを思い出す。

 あぁ、それにしても早くこの鍋を口いっぱいに頬張ってしまいたい。欲求がだんだんと膨らんでいって胃袋もぎゅうぎゅうと音を鳴らした。


「これがイモニ!美味しそう」


 白い湯気が立ち空へと伸びては消え伸びては消えを繰り返し、ついに出来上がった鍋を覗き込んでアンちゃんが嬉しそうに匂いを嗅いでいた。スバルくんがいるから和食は食べているはずだが、芋煮は流石にないみたいだ。

「レオンが剥いたお芋がどれか分かるわ」と言いながら出来立ての汁をお椀に移し「サトウさんどうぞ」と手渡してくれる。


 「ありがとう姫」


 私が深々と頭を下げるとアンちゃんはやめてくださいよと笑って私の背中を摩った。


「俺、芋煮って初めて食う。味噌は豚汁みたい」

「僕も初めてだな。醤油の方は薄い肉吸いっぽい匂いだ」

「スバルもないの?意外ね」

「芋煮って所謂ローカルフードなんです。僕はずっと東京だったし、親戚も全員関東だから」


 野外用に出したテーブルと椅子にそれぞれが腰掛けてそれぞれの箸やスプーンを手に取ると、「今日はニッポン風でやりましょうか」というアンちゃんからの提案により、全員で「いただきます」と合掌してから熱い芋煮を味わった。

 箸で簡単に切れるほどトロトロに煮えたサトイモを頬張る。イモは滑らかな舌触りで、1個食べたらすぐ次が食べたくなる。だがそこを我慢して牛肉を口に含むと、牛と芋の抜群の組み合わせにより私はついんんん~と声を上げた。柔らかすぎるほどに煮たネギや白菜にも出汁がよく浸みこんでいて、噛むとうまみの含んだ汁があふれ出す。醤油と味噌を交互に食べつつ、各々がこっちの方が好きだとか、唐辛子を入れた方が良いはずだとか、ご飯を締めに入れようなど言いながら好き好きに食べてった。


「あぁ、美味しかった」


 一時間ほどで両方の鍋を食い尽くした。

 締めのおじやまで食べた我々はふぅと幸福の息を吹きながらそれぞれ腹を摩っている。


「久々にこんなにお腹いっぱいになったよ。今日は誘ってくれてありがとう」

「喜んでもらえてよかったです。企画してよかったなぁレオン」

「だ、だっておっちゃんが前、芋煮がうまいって俺に自慢してきたから」

「私そんなこと言ったんだねぇ。ありがとう、覚えててくれてうれしいよ」


 時間は黄昏時だ。青空と夕焼けが混じり、空が3色に染まるマジックアワーは宝石のように美しい。


『ノスタルジックな気分になるでしょう?だけど、とっても綺麗じゃない。私ね、夕焼けを見ると心が洗われるような気がするの』


 この時間帯が、妻は一番好きだった。そう言って笑う妻は、世界で一番美しいと今でも思う。

 今でもその時の妻の顔を鮮明に思い出せるし、鈴みたいな綺麗な声だって、吸い込んだ空気の冷たさだって、私ははっきりと覚えている。

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