第9話
アラームがけたたましい音を立てて朝を告げる。ベッドから降り、机に置かれた携帯で時刻を確認する。8時31分。大きな伸びをして息を吐く。
「よし!」
洗面所に行く。顔を洗い、歯を磨く。ふと鏡に写った自分の顔を見る。そこで私は笑顔を作る。莉桜と話す為。
キッチンに向かった。鼻歌を歌いながら朝食を作る。パンを1枚取り出し、トースターで焼く。その間にお湯を沸かし、コーヒーを淹れる。今日は香りを嗅ぐだけにした。
トースターが音を立てて、食パンが焼き上がったことを伝える。食パンを取り出し、お皿に移した。バターを薄くしっかり塗る。綺麗になったシンクにバターナイフを置いた。
マグカップとお皿を持って、栞が置いてある机へ向かう。マグカップとお皿を置き、冷たい床に腰を下ろした。
トーストを口に入れる。小気味良い音が鼓膜をつく。バターが良い感じだ。
コーヒーを口に入れる。暖かい。体の隅々までその温かさが染み渡る。
食べ終わり、窓際に咲く勿忘草を見据えた。今日は私を優しく見守ってくれていた。
「今日の私はひと味もふた味も違うからねー」
勿忘草に向かってニカッと笑う。
春色の、桃色ワンピースに着替える。携帯を見た。時刻は、9時2分。鏡の前でメイクをする。いつもより薄めのメイク。髪はアイロンで巻くだけにした。
時刻、9時30分。カバンに最低限の荷物を入れる。クローゼットを開け、ギターを見つめた。
「君はどうしよっか?」
少し悩みギターを取り出す。ケースにしまい、壁に立てかける。
「うーん。今日はお留守番で良いかな? ごめんね」
コートを着て、カバンを肩に掛ける。玄関へ向かう。コートのポケットには桜の栞が入っていた。
扉を開け外に出る。鍵を閉め前を向く。空は雲で霞み、春を感じさせる。階段を降り、歩いて行く。莉桜はもう退院していて、暮らしているらしい。車椅子で。
桜並木を通った。そこで立ち止まり、桃色の花を見る。花に手を伸ばし、そっと触れる。自然と笑みが溢れた。
手をおろし、息を大きく吸い込む。春の匂いが体の隅々まで行き渡る。ザーッと風が吹いた。花弁がはらはらと舞い、肩に落ちた。
「よし。行こう」
これからどうなるかは分からない。ただ莉桜に会って話をしたい。それだけが私の原動力だった。
木から離れ、周りを見回す。桃色の優しい花が私を包み込み、微笑んでいた。花に包まれながら1歩を踏み出す。春の風が吹き桜の花が舞う。世界に色が溢れた。
記憶と音と春の色 花楠彾生 @kananr
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