第6話

 私と莉桜が高校3年の時。4年前の丁度この時期。

 私は1人で横断歩道を渡ろうとしていた。その時私は委員会プラス部活で疲れていて、車が来ている事に気が付かなかった。そこは信号が無い横断歩道。見晴らしの良い筈なのに事故が多発している場所だ。

 私が気付いた時、車はもう目の前だった。その時後ろから声が聞こえ、私は背中を押された。それと同時に、鈍い音が私の鼓膜を揺らしたんだ。

 転ぶ寸前のところで足を止め、振り返る。そこには、莉桜が頭から血を流し倒れていた。慌てて駆け寄り声を掛けるが返事は無かった。周りに居た人達が事態に気付き、走ってくる。

 救急車や警察を呼ぶ人。「大丈夫ですか」と声をかける人。車の運転手に近づく人が居た。その時大きな風が吹き、桜が舞った。その花弁が莉桜の頬に落ちた。その様は鮮明に憶えている。

 その後、莉桜の容態を母から聞いた。半身不随。今まで通り身体を動かすことは難しい。と。

 それを聞いた時、私は絶望した。私たちの夢が崩れる音がした。2人でアコースティックギターを弾いて世界中を旅をする夢。その夢がたった一瞬で崩れた。そんな音がした。

 数日後、莉桜は目を覚ました。それを聞いた私は自分のことのように喜んだ。身体の事を知った莉桜は一晩中泣いていたらしい。その時私は決めた。莉桜の為にギターを弾く。莉桜に最高の音楽を届けると。

 私は毎日お見舞いに行った。そして色々話した。学校であった出来事。勉強を教えたり。今日はこんな曲弾いた。とか色々。

 春の終わり頃かな。私はいつも通り莉桜の病室へ行った。でも、いつもと病室の雰囲気が違う。いつもは私を見ると笑顔で手を振ってくれる莉桜なのに、今日は私を見るなり読んでいた小説を閉じ目を伏せて、暗い表情をした。

「なんかあった?」

 私が聞くと、莉桜は口を開き言った。

「もういいよ。もう、私の為にギターなんて弾かなくていいよ」

 意味が分からなかった。どうゆう事? なんで?

「どうして。2人で夢叶えるって言ったじゃん」

「分かってるよ。夢はずっと追いかけてたいよ。でも出来ないじゃん」

「できるでしょ! 私が莉桜を連れてく!」

 感情が昂り、声が大きくなる。莉桜がゆっくり口を開く。

「私さ、小春が音楽の話する時、ずっと辛かったんだよ。私はもう弾けないんだって」

 そんな理由で?

「なんでもっと早く言ってくれなかったの? 言ってくれればすぐ辞めて、もっと楽しい話したよ」

 私は必死で訴えた。

「言えなかったの。小春が楽しそうに話してるから。小春の楽しみを否定しちゃいけないから。でも、もう限界なんだ。これ以上耐えられない。このまま音楽の話聞いてたら私、私どうにかなっちゃいそうなの!」

 そう言った莉桜の声は震えていて、悲痛の表情を浮かべていた。

「莉桜は音楽、嫌いになったの? 私たちが出会ったのって音楽がきっかけでしょ。それを莉桜は否定するの?」

 感情に任せて早口で言う。(今思えばこの言葉、ほんとに最低だと思う)

「違うよ! 音楽が嫌いになった訳じゃない! そんな訳無い! でも、もう嫌いになりそうだよ。……小春の言うことを聞いてると、自分はもう弾けないんだって、もう音を奏でることは出来ないんだって実感してくの。私はそれが怖いの!」

 莉桜は泣きながら言った。私はそれでも思っていることを莉桜に伝えていく。

「でも私は、莉桜がまた戻って来られるように弾き続k」

 私がそこまで言うと、莉桜は私に感情を思い切りぶつけてきた。

「弾ける小春にはこの苦しみ分かんないよ! 何度動かそうとしても思うように動かないこの苦しみなんて、小春には分かんないでしょ! 音楽の話をすると、心がズタズタに切り裂かれて行く気がするの。心が苦しいの! 痛くて痛くて堪らないの!」

 莉桜は悲痛な表情をして言った。その言葉を聞いた時、私は初めて理解した。『ずっと私が莉桜の心を切り裂いてた』私はどうしようもない罪悪感に苛まれた。莉桜の言葉が重く背中にのしかかる。

「帰って! もう来ないで!」

 そう言って莉桜は私に小説を投げつけた。小説が肩に当たる。何故か痛みは感じなかった。床に落ちた小説から、勿忘草の栞が投げ出される。その栞すらも私をこの部屋から追い出しているように感じた。私は病室を飛び出した。

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