第5話

 でも、行くとこがない。

 お金もない。

 歩きながら、ときどきベートーヴェンの声や音楽が途切れる。それもこれも哲司のせいだ。あいつが五、六年ぶりに話しかけてなんてこなけりゃ、わたしとベートーヴェンの蜜月が危ぶまれることなんてなかったのに。

 現に今も、時折わたしはたった一人で路上を歩いている。彼が頭の中からいなくなる瞬間があるからだ。いやむしろ、途切れ途切れの感覚は頻繁になってきていて、彼を感じない時間のほうが長くなっているかもしれない。

 恐怖! これは途方もない恐怖! 彼とともに過ごす時間がわたしにとってのすべてなのに!

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