第42話


 大贋作会から早くも二週間が過ぎた。


 ドール嬢はギルドから指示された判別試験の会場に現れず、鑑定士の資格を剥奪されたらしい。カーパシー魔宝石商にも顔を出していないそうだ。


「鑑定士資格を不正で手に入れるって、あり得ないわね。上層部は何してたの?」


 モリィがコーヒー片手に鼻息を荒くしている。


 そんな顔をしていても、美人さんだ。


「副ギルド長が私腹を肥やしていたみたいだよ」

「はあ〜……生きる誇りとかないのかしらね?」


 モリィが憮然として言い、コーヒーのおかわりを店員に頼んだ。


 メルゲン書店のカフェはカップルや若者たちで賑わっている。


「今回の件で風通しがよくなったみたいだね。ドール嬢の不正に関わっていた人たちが解雇処分されたんだって。一人が同じ役職に居座り続けるのも問題があるよね」


 私も注文したコーヒーを一口飲んだ。

 豊かなコクと甘い香りのコナコーヒーに、笑みがこぼれる。


「とりあえず、あのドール嬢が痛い目をみてすっきりしたわ」


 モリィが快活に笑う。


「驚いたけど、まあ……うん。もう恨みとかそういうのはないから、彼女の幸せを祈るよ」

「さすがは期待の星」


 ははぁ〜、とモリィがテーブルに両手をついて頭を下げる。

 最東国のお辞儀の真似らしい。変なポーズだ。


「モリィ、ちょっと。恥ずかしいから顔を上げて」

「違う違う。表をあげい、って言うのよ。あげい」

「そうなの?」

「この本によるとね」


 最近出た遠距離恋愛の小説を見せてモリィが笑うと、ボブカットがさらりと揺れた。


 続いて、彼女がテーブルに置いていた二冊の小説をこちらに出してきた。


「……例のブツよ」

「……ありがたく」


 モリィから受け取ったのは、王都で人気の嫌味な敵に仕返しをする、いわゆる、ざまぁ系の恋愛小説と、そして、『ご令嬢のお気に召すまま』の最新刊であった。五年ぶり、待望の新刊である。


 どの書店でも完売御礼。在庫切れ。

 持つべき者はやはり趣味友だ。


 互いにうんうんとうなずき合い、がっちりとモリィと握手をし、『ご令嬢のお気に召すまま』の過去シリーズについて語る。


 私もモリィもまだ新刊を読んでいない。

 次会うときまでの宿題だ。


 しばらくして小説の話が小康状態になると、モリィがコーヒーとドライフルーツをおかわりし、にまにまといやらしい笑みを浮かべ始めた。いやな予感がする……。


「で? 金髪イケメン魔道具師様とはどうなったのよ?」

「……またその話?」


 モリィの恋愛脳にあきれてしまう。


「だからレックスさんとはそういうのじゃないって」

「でもさ、ミランダ様公認って……もう秒読みじゃん?」

「何を秒読んでるの? 前にも言ったけど、大奥様と父さんは仲が良かったの。私はそのおかげもあって取り引きさせてもらってるだけだよ」

「でも、毎回金髪イケメンが登場するってのは、ねえ?」


 モリィが鼻の穴を膨らませる。美人が台無しだ。


「傭兵の資格も持ってるから、護衛だよ」

「毎回オードリーを家まで送ってくれるんでしょう?」

「まだ一、二回だから」

「それにしたって手厚い待遇じゃない」


 引き下がらないモリィにため息が出てしまう。


 恋愛の話が三度の食事より好きなモリィは、会うたびにレックスさんとの関係をからかってくる。


 多分、私が結婚をしないとわかっていて言っているんだと思うけどね。


 ああでもないこうでもないと言い合っていると、私たちの座るテラス席に大きな人影が映った。


 見上げると、金髪美形の魔道具師が立っていた。


「……金髪イケメン……」


 私の前に座っているモリィが息を飲み、口をぱくぱくさせた。


 あり得ないほどの美形とは言っていたけど、まさかここまでとは思っていなかったらしい。


 確かに、会うと毎回思うけど、本当に綺麗な顔をしている。


「お話し中のところすまない。ギルドの受付嬢にここにいるかもしれないと聞いてな。少し、お時間よろしいか?」


 相変わらずの無表情でレックスさんが言う。

 なるほど。受付嬢のジェシカさんとは何度かここに来ている。彼女が教えたようだ。


「私は大丈夫ですよ。モリィ、平気?」


 モリィがこくこくと壊れたおもちゃみたいにうなずく。


 いや、そこまで驚くことかな……?


 周囲を見る。

 めちゃくちゃレックスさんが目立っている。


 そこまでのことらしい。私が麻痺してるっぽいね。


 とりあえず彼に席を勧め、座ってもらい、コーヒーを注文した。


 レックスさんは運ばれてきたコーヒーを一口飲み、モリィに視線を移した。


「こちらがオードリー嬢が以前話していた、モリィ嬢か?」

「あ、はい。そうですよ。親友のモリィです」

「レックス・ハリソンだ。レディの歓談を邪魔してしまい申し訳ない。すぐに行くのでご容赦いただきたい」


 レックスさんが丁寧に礼を取ると、モリィが「大丈夫です、はい」と借りてきた猫みたいな様子で返事をした。さっきまでの威勢はどこにいったんだろうか……。


 モリィの反応は特に気にならないのか、レックスさんが持っていたトランクケースを膝の上で開け、可愛い装飾のされた箱をテーブルの上に置いた。


「これは祖母からだ」


 トランクを閉じ、彼が私を見る。


 箱の大きさは両手ほどで、淡い桃色をしており、格子柄のリボンが巻かれていた。

 高級そうな包装だ。


「えっと、なぜ私に?」

「大贋作会でオードリー嬢が優勝した、祝いの品だ」

「そんな……出場だけでもご褒美でしたのに……」

「優勝者の推薦人は他の貴族に自慢できる。そういったメンツが貴族にとっては金よりも重い。ミランダ様はかなり喜んでおられたぞ」

「受け取ったほうがいいわ。元伯爵の夫人様でしょ? そんじょそこらの準男爵とか、男爵じゃないんだから。大貴族様のお礼を拒否するなんて不敬よ」


 時間が経過していつもの調子を取り戻してきたのか、モリィがテーブルに身を乗り出した。


 躊躇していると、レックスさんが開けろと催促してきた。


「わかりました」


 そっとリボンを説いて箱を開けると、ふわりとラベンダーの香りがした。

 中には化粧品らしき小瓶が四本入っている。


 ガラス工房の最新技術を使用して作られた瓶なのか、精霊を模したデザインが可愛い。飾っておきたくなるね。


「メイク落とし、洗顔、化粧水、保湿クリームだそうだ」


 無表情に彼が指をさして言う。


「使ったら感想を教えてほしいとのことだ。頼む」

「オードリー、これ、絶対に高いわよ……」


 モリィが戦慄している。


「一本おいくらぐらいするのでしょうか……?」


 聞くのが怖い。


「おそらく十万ルギィはするだろう」

「一本十万ルギィ」

「受け取らないというのはなしだ。さもないと、本人がアトリエに乗り込んでくる」

「……承知しました。では、ありがたくちょうだいいたします」

「それから、これは俺からの祝いの品だ」


 レックスさんがトランクケースから革袋を取り出し、テーブルに置いた。


 じゃらりと音が鳴る。


「優勝おめでとう。魔力の切れた魔宝石だ」

「わあ! わあ! 見てもいいでしょうか!」


 内包する魔力が消滅した魔宝石は価値が大幅に下がり、鉱石に分類される。そのため処分されるか、安価なアクセサリとして販売されることが多く、鑑定する機会が少ない。


 革袋を覗き込むと、色とりどりの石たちが入っていた。

 おおおっ、可愛い元魔宝石ちゃんたちがこんなに……!


「ありがとうございます! とても嬉しいです!」

「……予想通りの反応だ」


 レックスさんが笑いをこらえるようにして口を引き結ぶ。


 私が化粧品よりも石を喜ぶ女だと見透かされている気がしてならない。いや、実際にそうなのだけれど……。ちょっと恥ずかしくて顔が熱くなってくる。


「あなたにならオードリーをまかせられるわ」


 モリィが笑いながら親指をびしりと立て、そんなことを言った。

 レックスさんは首をひねり、一つうなずいた。


「よくわからないが、まかされよう。オードリー嬢は稀代の鑑定士になると予想している。魔道具師として今後も取り引きをしたい」

「そういうことじゃないけど……まあいいでしょう」


 モリィが嬉しそうに笑い、何かをぶつぶつとつぶやき始めた。


「オードリーはまだしも、この金髪イケメンとんでもなく鈍いんじゃない? だからミランダ様もレックスさんをオードリーに頻繁に会わせているのかしら?」


 あまり聞き取れない。

 モリィはたまに独り言をいうからほうっておこう。


 それよりも、石だ。


 もらった革袋を上下に揺らすと、じゃらじゃらと音がする。


 これこれ。この音だよ。


「ああ〜、幸せな音ですね〜」


 勝手に笑顔になっちゃうよね。


 レックスさんとモリィがなぜか噴き出したが、気にしないことにした。


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