第40話


「オードリー嬢、何を呆けている。早く鑑定したらどうだ? 願いを言ったのは君だぞ」

「あ、はい!」


 ギルド長に言われて我に返り、白手袋をつけて勲章を受け取った。


「ありがとうございます……」


 ずっしりしている。見た目以上に重い。


 裏には閣下のフルネームと受勲日が刻印されていた。


「閣下、本当によろしいのでしょうか?」

「そう言いながら見ているではないか」


 ギルド長が噴き出すように笑い始め、ミランダ様も楽しそうに口元を押さえた。


 閣下は目を細めて私を見ている。


「あの……あはは……すみません……」


 目は口ほどに物を言うとは言うけど、私のことだったらしい。恥ずかしいよ。


『ねえ、早く見ようよ〜』


 クリスタが催促してきたので、閣下に一礼し、ジュエルルーペを取り出して、中央にある黄金の魔宝石を覗き込んだ。


 輝きから予想はしていたけど、中央の石はイエローダイヤモンドであった。


「――【光よ(オィラキ)】」


 精霊魔法で小さな光の球を浮かせる。


 光にかざしてさらに鑑定すると、匠の技を思わせる完璧なブリリアントカットがはっきりと見て取れた。不純物は一切含まれていない。


 品質の高さとカナリア色の繊細な色味に、深いため息がこぼれる。


 これほどの魔宝石はなかなかお目にかかれない。


 さて、あとはどんな魔力が流れているかで、魔宝石の種類が判明する。


 ダイヤモンド系の魔宝石は五百種類ほどが現在発見されているので、どの魔宝石なのか胸が高鳴った。


 集中して魔力の流れを見る。


 深く、深く、潜っていく。


 魔力が星空のように輝き、虹の架け橋をいくつも作っていた。


 これは……黄覇金剛石(オーバーイエローダイヤモンド)……?

 だとすれば、とてつもなく希少な魔宝石だ。


 一定以上の魔力を込めると、使用者の身体能力を三倍ほど底上げする効果がある。美術的な価値の高さからも、五十億ルギィはする。オークションに出せば百億ルギィまで跳ね上がるかもしれない。


 だけど、おかしな点があった。


 魔力の流れが、ほんの少しだけ不自然な箇所がある。

 父さんの持っていた資料集と差異がある。


 もっと集中力を高めて魔力の流れを見ても、やはりおかしい。


 これってもしかして……、いや、多分そうだろう。


「……ふう」


 ジュエルルーペから顔を上げ、閣下の顔を見る。

 お伝えしていいものか、わからない。


「ありがとうございます。大変、参考になりました」

「鑑定結果はどうだ?」


 閣下が私の手から勲章を受け取り、胸につけなおして、聞いてくる。


「……黄覇金剛石(オーバーイエローダイヤモンド)、でございます。生きているうちに触れることができて、幸せです」

「そうか」


 じっと見つめられ、すべてを見透かされたような気がした。


      ◯


 それから軽く雑談をし、私だけ部屋に残るよう言われ、ギルド長とミランダ様、レックスさんが退室した。


 閣下と二人きりになった。


 何を話せばいいのかわからず、じっとりと背に汗が浮いてくる。


 クリスタはのんきにテーブルでタップダンスを踊っていた。お気楽具合がうらやましい。


「オードリー嬢は欲のない人であるな」

「そうでしょうか? 欲望だらけのような気がしますが……」


 頭の中は石のことでいっぱいだ。


「こいつを鑑定したいとピーターと同じことを言うので、笑いそうになったぞ」


 閣下がトンと勲章についた黄覇金剛石(オーバーイエローダイヤモンド)を叩き、口角を上げる。


「父さんも満点優勝をしたのですか?」

「そうだ。願いは君と同じ、こいつの鑑定だ」


 父さんは……どこにでも登場するね……。


 生前よりも父さんの情報が増えていくとは、どういう了見なのだろうか。あの無口め。


「それで、鑑定結果は黄覇金剛石(オーバーイエローダイヤモンド)でいいのかね? 鑑定士の誇りにかけて誓えるか?」


 閣下が髭を撫でながら、試すように尋ねてくる。

 鑑定士の誓いまで出されては真実を言う他なかった。


「心苦しいのですが……その石は、巧妙に作られた贋作かと存じます」

「ほう。その根拠は?」


 多分、閣下は知っていて質問している。


「魔力を帯びていないイエローダイヤモンドを採掘し、研磨し、魔法で細工を施しております。微細にですが、深層で魔力が漏れ出してしまっており……本物であれば完璧に魔力循環がされているかと……」

「そうか」

「身体能力向上の効果はお試しになられましたか?」

「何度か試した。三倍、とまではいかんね。気持ち上乗せされるぐらいだ」


 やっぱりそうか。


 贋作とはいえ、魔宝石の効果まで付与するとは、とてつもない贋作師がいるものだ。


 もはや、本物のと言っていいレベルだ。


「遺憾ですが、これを作ったのは高ランクの鑑定士であり、魔道具にも精通した人物だと推測いたします」


 微細な魔力操作を必要とし、他の鑑定士を騙すとなれば、同業者であるという結論に至る。


 こんな芸当ができるのは高ランクしかいない。

 だいたい、どうやって魔力の流れを人工的に作るのか、さっぱりわからない。


 閣下は私の解答に満足したのか、重々しく首肯し、こちらを見つめた。


「先代の王が、例の贋作師に騙されて買ったそうだ」

「例の……」

「この事実を知っているのは国王と、私と、ピーターと、オードリー嬢だけだ」

「……それは……」

「この件は墓場まで持っていってくれたまえ」

「承知いたしました。絶対にしゃべりません」


 大きく首を縦に振る。


 閣下の持つ最高位の勲章が贋作など、洒落にならない情報だ。そんなことを吹聴したら、捕縛されて即刻牢屋送りだろう。私はまだ死にたくない。黙っておこう、全力で。


 閣下はニヒルに笑うと、呼び鈴で小姓を呼び出して指示を出した。

 すると、小姓が私にネームカードを渡してきた。


「困ったことがあれば助力しよう。ピーターには世話になったからな」

「ありがとうございます!」


 やった! 魔宝石卿のネームカードだ!


 末代までの家宝にしよう。今のところ独身のつもりだけど。


「良き鑑定士の道を歩んでくれたまえ。蒐集家にとって、優秀な鑑定士は魔宝石よりも大切な存在だ」


 閣下が立ち上がったので、私も腰を上げた。


「もしこの先、これを作った贋作師を見つけたら、ぜひ捕まえてくれたまえ。本物はそやつが持っているはずだ。ピーターも探していたんだがね……未だに見つかっていない」


 そう言って、閣下は颯爽と部屋から出ていった。


 退室する際、聖星鷲勲章(スター・オブ・イーグル)が閣下の胸でキラリと光る。


「……石には石の物語がある、か……」


 例え贋作でも、閣下が勲章をつけていれば、それは本物に見える。

 石に罪はないし、それを持つ人がどのように扱うかが重要なのかもしれない。


 いずれ本物を見つけて鑑定してみたい。


 それに、贋作師を捕まえろとのことだけど、私は素晴らしい魔法技術を持ったその人と話をしてみたいと思ってしまった。


 こんなこと考えてしまう私は、欲深いような気がする。


『あの石、綺麗だったね』

『そうだね』


 クリスタが笑って言うので、私も素直に笑みを返した。


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