第39話
閉会式が終わり、水晶宮殿にいた鑑定士とその推薦人、観客たちは三々五々、帰路についた。皆が口々にドール嬢の不正について話し合っている。
きっと、今日の出来事は王都全体の鑑定士と貴族に伝わるだろう。
王都の噂が広まるのは早い。
ドール嬢は逃げるように水晶宮殿を出ていき、推薦人であるゾルタンは魂が抜けたような足取りで帰っていった。
「オードリー嬢、そちらにかけたまえ」
一方、私は満点優勝の特典があるとのことで、水晶宮殿の別室に呼び出されていた。
ソファに腰を下ろす。
前にはギルド長、ヴァーミリアン公爵閣下。
その横にはミランダ様。背後にはレックスさんが立っている。
有名人である魔宝石卿を前にして、背筋がピンと伸びた。
緊張している私を見てギルド長が笑い、口を開いた。
「オードリー嬢のおかげで助かった。あの娘、意地でも簡易選別をやらないとはな……」
ギルド長が苦笑する。
「少しぐらい矜持を見せてくれると思っていたのだが、当てが外れたよ」
私もあれには驚いた。
それよりも、まずは謝ったほうがいいよね。
勝手にしゃしゃり出てしまったし……。
「ギルド長。小娘が皆様の前で説教などして申し訳ありませんでした……」
「オードリー嬢の言葉を聞いて、若い頃に持っていた情熱を思い出したよ」
「アハハ……」
言いたいことを言ったけど、気持ち良さなどはあまりない。やっぱり私は、自分の考えを人に伝えるのが苦手なのかもしれない。
「これであの娘も判別試験からは逃れられんだろう。あの様子では、鑑定士資格は失効するだろうな」
「そうですか……」
「それから、この一件で鑑定士ギルドの浄化を貴族たちにアピールできたな。鑑定士ギルドはもっと風通しがよくなるだろう」
「なるほど。デモンストレーションの意図もあったのですね」
「そうだ」
ヴァーミリアン公爵閣下が静かにうなずいている。
ギルド長がさらに口を開いた。
「ドール嬢をダシにするつもりではあったが、あそこまで癇癪を起こすとは思わんかったよ。まあ……あの娘はそこにいるミランダ夫人の孫にストーカーまがいのことをしていたようだし、ちょうどよかったと言えばよかったか。今どきの娘のやることは理解できんな」
ギルド長がレックスさんをちらりと見て、肩をすくめる。
レックスさんは相変わらず無表情だ。
何も言わないレックスさんから視線を離し、ギルド長が居住まいを正して私を見つめた。
「では、オードリー嬢。まずは優勝おめでとうと伝えよう。ピーターも天国で喜んでいることだろう」
「ありがとうございます」
「満点優勝ということで、閣下が一つ、何でも願いを叶えてくれるそうだ」
「え……何でも、ですか?」
「ああ、そうだ」
ギルド長が誇らしげに分厚い胸を張り、歯を見せて笑った。
ミランダ様も「栄誉あることよ」と笑みを浮かべている。
「閣下はオードリー嬢に期待しているそうだ」
「私にですか?」
「誰も成し遂げたことのないような功績を残すのではないか、とな」
「そんな……ありがとうございます……」
恐れ多くてうまく言葉が出てこない。
すると、閣下が人差し指を上げた。
「一つ、願いを叶えよう」
「……夢のような話なので理解が追いついておりません……。本当によろしいのでしょうか?」
「ああ」
ゆっくりと閣下がうなずく。
炯々とした瞳には揺るがない意思が見て取れた。
なんでもと言われると迷ってしまうよね。
もちろん、節度ある範囲で、という意味合いなのは重々承知している。お金とか、権利とか、魔宝石とか、そういったものを他の満点優勝者はお願いしたのだろうか?
『オードリー、あれが気になってるんでしょう?』
ふわふわと浮いているクリスタがのんきな声で言う。
そうだ。私は今、とてつもなく気になっているものが。
でも…………さすがにまずい気がするんだよ。
頼んだら不敬罪とかにならないかな?
ああ、でも、気になって仕方がない。
だって、こんなに綺麗で美しい魔宝石、見たことがないんだから。
「オードリー嬢、何でもよいぞ」
閣下の催促に、私は意を決した。
「ご無礼を承知でお願い申し上げます」
ふうと息を吐き、大きく吸い込んだ。
「胸で光り輝いている勲章についた……魔宝石を鑑定させていただけないでしょうか?」
閣下がつけている大きな勲章は、聖星鷲勲章(スター・オブ・イーグル)と呼ばれる、類まれなる戦功を上げた軍人だけが国王から贈られる一品で、現在所持者は閣下だけだ。
鷲の形を模したプラチナの台座に、目の醒めるような黄金の魔宝石が鎮座している。
二十カラットはありそうな大きさだ。
魔宝石の効果や種類は文献に一切載っていないため、この手で鑑定してみたい。
はあ……見ているだけで吸い込まれそうになるよ……。
「……」
私の願いに閣下が黙り込んだ。
落ち窪んだ瞳をこちらに向け、じっと私を見つめてくる。
勝手に背筋が伸び、冷や汗が出てきた。
さすがにまずかったかな……。
ミランダ様とギルド長を見ると、何かをこらえるように口を引き結び、レックスさんは眉根を少しだけ下げていた。私がまぬけな願いを言ったことに怒っているのかもしれない。
閣下を直視できず、目をつぶってしまう。
「オードリー嬢」
「は、はい!」
閣下に呼ばれ、即座に返事をした。
「存分に見るがいい」
「へ?」
閉じていた目を開けると、聖星鷲勲章(スター・オブ・イーグル)が差し出されていた。
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