第38話

 逃げることはできない。


 今ここで実力を証明しなければ、ドール嬢はおしまいだ。


 思い返せば、彼女は事あるごとにCランクであることを自慢して回っていた。高潔な鑑定士たちは不正を許さないし、軽薄な行動にも腹を据えかねているようであった。もし不正が本当なら、私も同じ気持ちだ。


 賄賂やコネで昇格していたのが事実なら……許されることではない。


「……」


 ドール嬢は動かない。


 私は魔力の流れを見て、遠目に簡易選別をする。


 二百個ほどある蛍石の中に、五つが混じっていた。


 蛍石は魔力を蓄積する特殊鉱物なので、魔力の流れを見ると、少し色が赤く見える。一方で、水晶クォーツは色の変化がない。変化がない石を弾く。それだけのことだ。


 痛いくらいの沈黙を破って、ドール嬢が腕を組んだ。


「わたくしは……このような下賤な仕事はしませんの。すべて執事にやらせていたわ」


 ドール嬢が言い訳がましく言う。


「できないのか?」

「できます。やりたくないだけですわ」

「本当はできないのだろう?」

「そんなことはありません。私はCランク鑑定士ですのよ?」

「魔道具師ギルドからも陳情が届いていてな、ドール嬢が不正をして鑑定士になったのではないかと疑いの声が上がっている。提出した人物はカーパシー魔宝石商の魔道具師、ツェーゲンという人物だそうだ」

「……」

「ドール嬢が担当している蛍石の簡易選別に、水晶クォーツが相当数入り混じっているらしいではないか。しかも、以前までは――」

「うるさいですわね! できると言っていますわ! 気分が悪いです! 帰ります!」


 金切り声を上げてドール嬢が踵を返した。


 しかし、入り口は小姓たちが固めている。

 ドール嬢は近づき、強引の押しのけて水晶宮殿から出ようとした。


「邪魔よ! どいて!」


 誰も何も言わない。


 ドール嬢は「どうなるかわかってるのかしら! お父様に言いつけるわ!」と、その場を譲らない小姓たちに怒鳴り声を上げる。


 壇上から下りてきたギルド長が、トレーをドール嬢へ押し付けた。

 じゃらりと音が鳴る。


「やりたまえ。できるのだろう?」

「……ッ……ッ!」


 ドール嬢が声にならない声を上げ、トレーを見下ろす。


 様々な色合いをした蛍石がギルドの照明を受けて光を反射させていた。

 ドール嬢がぶるぶると両手を握りしめている。


 ……なんだろう。


 自分の中に感じたことのない感情が渦巻いている。こんなとき……ご令嬢だったらどう行動するだろうか? 何を言うだろうか?


 いや、私自身が、彼女に言いたいことがあるのかもしれない……。


 こんな気持ち、初めてだ。


『お気に召すまま、好きにしたらいいんじゃない?』


 ふらふらと飛んでいたクリスタが、にかりと私に白い歯を見せた。

 そうだ。自分らしく生きたいと、鑑定士になってから決めたんだ。


「……」


 私は、一歩前へ出て、トレーへ手を伸ばした。


「オードリー嬢?」


 ギルド長の言葉を聞かず、水晶クォーツをすべてつまみ上げた。


「五つ、水晶クォーツが混ざっておりました。簡易選別は完了でございます」

「……どういうつもりかね?」

「ドール嬢は調子が悪いようでしたので、元同じ職場のよしみで簡易選別をいたしました」

「そうか……オードリー嬢は職場が一緒だったな。いつも肩代わりしていたのか?」


 ギルド長の言葉は聞かず、手にとった水晶クォーツをドール嬢へと差し出す。


「どういうつもり……?」

「次はご自分でやってください」


 五つの水晶クォーツがドール嬢の手に落ちる。


 ドール嬢は目を見開いて、私と水晶を交互に見た。

 彼女が何を思い、考えているのかはさっぱりわからない。


 それでも言いたいことを言おう。


「私は……ずっと、鑑定士になることを夢見てきました。魔力がなくて、鑑定士になれないとわかってからも、父さんに言われた勉強と訓練を欠かしたことはありません。あなたに役立たずと言われても、鑑定士になることが……人の役に立つ鑑定士が、憧れだったんです」


 感情の高ぶりを鎮めるため、深く息を吐く。


「鑑定士のバッヂをつけているなら、鑑定士らしく振る舞ってください。疑われているなら、再試験を受けて疑いを晴らしてください。うじうじと人前で簡易選別を渋るなど、しないでください。同じ鑑定士として恥ずかしいです」

「……な……恥ずかしいですって……?」


 カッとドール嬢の顔が赤く染まる。


 おそらく、一番言われたくない相手からの説教だ。

 それでも私は言いたい。


「それから、簡易選別を下賤な仕事など言わないでください。蛍石は魔道具師の技術で蛍石(フローライト)へ加工され、照明道具の燃料となります。無駄な仕事などこの世に一つもない……と、父さんが言っておりました」


 悔しげに歯を食いしばっているドール嬢を見つめる。


 彼女の瞳は大きく揺れていた。


「……」


 ドール嬢が何も言わずに顔を伏せる。


 すると、壇上の貴賓席にいるヴァーミリアン公爵閣下が、おもむろに立ち上がり、よく通る声を響かせた。


「ドール・バーキン嬢は後日、判別試験を受けなさい。それが魔宝石を扱う鑑定士としての義務である」


 判別試験とは、鑑定士のランクが適正がどうか確認する抜き打ちテストのようなものだ。


 めったに行われないが、こういうときのために存在している。


「この件はこれで終了とする。閉会式の続きへ戻るぞ」


 閣下の軍人らしいきっぱりした言い方に、鑑定士たち、観客たちがうなずいた。


    

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