第37話


 閉会式。


 参加した鑑定士の得点が席順に読み上げられていく。


 斜め前にいるルビネック家鑑定士の順番になると、29点という得点に、惜しみない拍手が送られた。


 そして私の番になり、司会者が大きな声を上げた。


「ミランダ・ハリソン元伯爵夫人推薦、オードリー・エヴァンスDランク鑑定士、30点」


 私の得点に、おおお、とどよめきが上がる。

 今までの人生でここまで目立ったことがないから、顔が熱い。


『ほら、手を振って』


 クリスタに言われるがまま、笑顔で観客席に手を振る。


 拍手が収まると、隣にいるドール嬢の得点が読み上げられた。


「ゾルタン・カーパシー男爵推薦、ドール・バーキンCランク鑑定士、3点」


 私のものとは違う種類のどよめきが上がる。


 見てはいけないものを見たような囁きがされ、ドール嬢はぶるぶると全身を震わせた。


 ドール嬢の顔が真っ赤だ。


 司会者がいたたまれなくなったのか、少し早いタイミングで次の鑑定士へと移ろうとしたときだった。


「こんなの間違ってる! 間違ってるわ!」


 ドール嬢の金切り声が響いた。

 水晶宮殿がしんと静まり、視線がドール嬢に集中する。


「私はこんな結果、認めない!」


 ドール嬢が叩きつけるように言うと、ギルド長が一歩前へ出て、ドール嬢を壇上から見下ろした。


「神聖な大会の何が間違っているのかね」


 重々しい声がドール嬢へ向けられる。


 彼女は言葉に詰まり、取り繕うように口を開いた。


「それは……今回の課題がおかしいからですわ。そう、そうですわ! ギルド長とオードリーはグルなんですわ! きっとすべての問題を知っていたんです!」

「ほう……ドール嬢は私がオードリー嬢に問題を事前に教えていたと、そう言いたいのだな? その証拠はありますかな?」


 会場がざわめく。


 ドール嬢は自分の言っていることの意味がわかっているのだろうか。

 大贋作会でそんな不正、されるはずがない。


「証拠は……オードリーがつい最近まで役立たずだったことですわ!」


 この言葉に、ギルド長がぴくりと眉を動かした。


「主観の評価が証拠? バカバカしい。ドール嬢、君は鑑定士として何をやってきたんだ?」

「失礼な男ですわね! 私を愚弄するのかしら! 私が誰の娘だかわかっていますの?!」

「バーキン商家の娘だろう?」

「お父様がギルドにいくら寄付しているか知らないんですの?」

「知っているさ。それはもう、よくね」

「では、もうおわかりですわよね。私に楯突けばギルド長といえどどうなるかわかっていますわよね」

「ああ、わかっている。だから、ギルドの膿を出したのだ」

「なんですって?」


 ギルド長がにやりと笑う。


「ドール嬢が懇意にしている副ギルド長は本日付けで辞職した」

「えっ……う、うそ……うそ……」


 ドール嬢が谷底へ突き飛ばされたような、悲壮感漂う声を漏らした。


「バーキン商家から多額の寄付を個人的に受けた証拠を見せたら、逃げるように辞めたよ。今頃、賄賂罪で都市騎士に追われているだろう。今回の大会で課題を教えられていたのは、君ではないのか? 課題が変更されて驚いた顔をしていたじゃないか。助手が必要ないと告げられて、顔を青くしていた様子が壇上からはよく見えたぞ」


 ギルド長が泰然として言うと、ドール嬢が唇を震わせた。

 あまりの展開に、会場の人たちが固唾をのんで二人のやり取りを見つめている。


 副ギルド長が賄賂を受け取って不正をしていた?


 ドール嬢に便宜を図っていたということ?


「それこそ……証拠がありませんわ!」

「君の報告を部下から受けておかしな点をいくつも見つけた。果たしてドール嬢は誇りある鑑定士資格を持つに足り得るのか、私は疑問に思っている。そこで、君には今から鑑定士であることを証明してもらおうと思う」

「どういうことですの! い、意味がわからないわ!」

「この大会、ドール嬢は3点だったな?」

「……っ」

「問題の後半10問、すべて当てずっぽうで“贋作”と解答したそうじゃないか。それなら赤子でも3点は取れる」

「そんなこと……!」

「閣下の小姓たちに確認を取った。言い訳はきかぬぞ!」


 ギルド長が大きな声を上げると、ドール嬢がうつむいた。


「やってもらうのは簡単なことだ」


 ギルド長が小姓に合図をすると、ドール嬢の席にトレーが置かれた。じゃらり、と聞き慣れた音がする。


「そこに蛍石が入っている。簡易選別をして、最低限の能力があると証明してくれたまえ」


 蛍石――。


 私が何度も石磨きをさせられた鉱石だ。


 蛍石は鉱山で採掘され、一度に大量に運ばれてくるが、必ず水晶クォーツが混じる。


 そこで、簡易選別だ。


 鑑定ではなく選別なので鑑定士の資格がなくてもできる作業で、鑑定士が魔力の流れを見れば、千個並べて、十個の水晶クォーツを弾くのに二十秒もかからない。


 要するに、鑑定士なら片手間でできる仕事だ。


 魔力でパッと見て、ささっと水晶クォーツを弾いて終わり。そんな作業――。


「……」


 ドール嬢が口の端を噛んでいる。

 ギルド長が絶対に逃さないという目でドール嬢を見た。


 ドール嬢は一瞬だけ固まったが、やれやれとため息をついてみせた。


「なぜわたくしが簡易選別をしなければならないの? ふざけないでちょうだい」

「できないのかね?」

「は? できますわ。やる必要性がないからやらないのです。気分が悪いのでこれで失礼させていただきますわ」


 ドール嬢が青い顔のまま退散しようとするが、貴族たちに見られていることを思い出したのか、足をぴたりと止めた。


「鑑定士は信用第一。簡易選別をしたまえ、ドール嬢」


 私と優勝を争っていた斜め前の鑑定士が声を上げる。


 すると、参加していた鑑定士全員が次々に声を上げ始めた。


「気になっていたのですよ。ドール嬢がEランク、Dランク、Cランクに上がった際の試験官がなぜいつも同じだったのかね……」

「試験官はバーキン商会会長であらせられるお父上と仲の良い鑑定士のようでしたね?」

「簡易選別もできないと、知り合いの魔道具師から聞きましたが本当ですか?」


 疑惑の目がドール嬢に向けられる。


「さあ、やってみたまえ」


 ギルド長が壇上から言う。


 観客席にいる貴族たちもじっと彼女を見つめている。


「……ッ」


 ドール嬢が顔を真っ赤にして周囲の人たちを睨みつけた。

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