第36話


 与えられた課題は鑑定の早さと正確さを競うものだ。


 今年は助手が必要のない課題のため、レックスさんは会場から離れてミランダ様の隣に座っている。


 隣にいるドール嬢が何かを言っていたが、集中力を高めていたのであまり聞こえなかった。


 会場を見つめる貴族たち。

 荘厳な水晶宮殿。

 ぴりぴりとした緊張感が会場を覆っている。


『オードリーなら大丈夫だよ』


 クリスタの応援を聞き、大きく息を吐いた。


 次々と、魔宝石をトレーに乗せた小姓の少年が順番に回ってくる。持ち時間二分でそれを鑑定し、解答を少年に耳打ちしていく。


 解答は『魔宝石名』か『贋作』であるか、だ。


 正解であれば少年は首を縦に、間違いであれば横に振る。


 全部で三十問――。


 正解すると、机の横に設置された得点板に数字が上乗せされていく。

 さすが大贋作会と言われるだけあり、精巧な贋作も出題される。


 九問目まではすべて正解している。


 正解するたびに拍手があがり、プレッシャーが大きくなる。

 いけない……緊張で胸が痛い……。深呼吸、深呼吸。


 贋作に騙されるなよ、私。


『頑張れ〜』

『うん』


 クリスタに小さく返事をし、ジュエルルーペを右目から離して、十問目の鑑定結果を耳打ちした。


「――贋作でございます」


 小姓がうなずき、私の得点板をめくった。


 これで10点。


 観客席から拍手が起こった。


「十問目で満点は五人だ」「あの娘、ピーター・エヴァンスの後継者らしいぞ」「さすがAランク鑑定士の娘!」「見目麗しいレディではないか」「隣の鑑定士はひどいな……」


 観客席から声がする。

 皆、結構おしゃべりだ。


「そ、そん……な……なんで……」


 隣のドール嬢といえば、顔を真っ青にして、ジュエルルーペを持ったまま震えていた。


 彼女の得点板は未だに0点だった。

 あれだけ自信満々だったのに0点って……立つ瀬がない。


 推薦人であるゾルタンも観客席で呆然自失の様子だ。


 ドール嬢の点数が信じられないらしい。


 いや、私もびっくりだよ。Eランクでも簡単に解答できる基礎的な魔宝石もあったから、さすがに0点というのはあり得ないと思うんだけど……。


 あの自信はどこからきたんだろう?

 まさか、噂通り、ドール嬢は不正をして鑑定士になったのだろうか……。


 ドール嬢の横顔を見ていると、次の魔宝石が運ばれてきた。


 いけない、集中、集中。


 ジュエルルーペを覗き込み、瞳に魔力を込める。

 次第に周囲の声も気にならなくなり、二十五問目まで進んだ。


 すでに五十分弱が経過している。慣れない状況で鑑定しているせいか少し疲れてきた。


「桃簾石(チューライト)でございます」


 小姓に耳打ちすると、彼がゆっくりとうなずいて、得点板をめくった。


 よし。正解だ。


「ピーターの娘が満点だぞ!」「ルビネック家の鑑定士もだ!」「一騎打ちか!」


 会場の熱が上がり、私と斜め前にいる三十代の鑑定士に注目が集まっている。

 どうやら満点なのは私たちだけのようだ。


 ちらりと隣を見ると、ドール嬢の得点板は3点だった。


 ざっと見回しても得点板が一桁の鑑定士はいない。おそらく彼女が最下位だろう。


「……あのジジイ……なぜ課題が……」


 ドール嬢は先ほどからぶつぶつと唸り声を上げている。


 顔色は青から赤に変化して、羞恥と怒りで顔つきがひどいことになっていた。


「オードリー嬢、集中だ」


 ざわめきの中から、低い声が響く。


 振り向くと、観客席にいるレックスさんが何度もうなずき、隣にいるミランダ様が手に汗を握った様子でハンカチを握りしめ、こちらに強い視線を送っていた。


 私は拳を握ってうなずいてみせ、次の課題に集中する。


 二十六問、二十七問――解答するたびに歓声が上がる。

 私とルビネック家鑑定士は正解し続け、ついに点数が29点になった。


 最後の一問――。


 三十問目を同時に解答すると、小姓が数秒の間を置いた。


 しんと会場が静まり返る。


 心臓が弾けんばかりに脈打った。


 正解? 不正解?


 ルビネック家鑑定士の小姓が首を横に振り、私の小姓が静かにうなずいて、得点板をめくった。


 それと同時に、どっと歓声が湧いた。


「満点が出たぞ!」「満点で優勝だ!」「ピーターの後継者がやった!」


 割れんばかりの拍手が私に向かって送られ、水晶宮殿に反響する。

 正解だった……?


 全問正解したことに頭が追いつかない。


『オードリー、やったね!』


 クリスタが小さな手でぱちぱちと拍手を送ってくれる。

 周囲を見ると、皆が私に向かって称賛の拍手をしてくれていた。


 自分と、私に知識を授けてくれた父さんが認められているような気がして、胸が熱くなり、涙が出そうになった。


『みんなの拍手にこたえないの?』


 嬉しそうなクリスタが私の顔の前に飛んでくる。

 そうだ。ぼうっとしていないで頭を下げないと……。


『オードリー、カッコよくね』


 あわてて頭を下げようとしたところでクリスタに言われ、ハッとした。


 こんなとき、ご令嬢ならどうするだろうか。


 そうだ。忘れちゃいけない。私は私らしく、自分が理想とする鑑定士になりたい。

 もう私は、昔の私ではないんだ。


「……」


 涙をこらえ、笑顔を作り、なるべく優雅に堂々と、私はスカートをつまんでカーテシーをした。


 わっとさらに拍手と歓声が上がる。


 顔が熱くなったけど、背筋を伸ばし、観客席に向かって笑顔で手を振った。


 レックスさん、ミランダ様が笑みを浮かべて拍手をしている。


 あっ――レックスさんのちゃんとした笑顔、初めて見た。ちょっと可愛いかも。


 貴賓席にいたギルド長とヴァーミリアン公爵閣下も拍手をしてくださっていて、面映い気持ちになった。


 ちらりと横を見ると、ドール嬢が頭を垂れ、呆然と机を見つめていた。






――――――――――――――

◯おしらせ◯


敬愛なる読者皆様。


いつもご愛読いただき誠にありがとうございます。

気づけば桜の散る季節になりましたね。


告知になりますが、

なんと、「没落令嬢のお気に召すまま」の

書籍化とコミカライズが決定いたしました!


これもひとえに作品を読んでくださっている、

皆様のおかげです。


重ねて御礼申し上げます・・・!


この世界に一つしかない魔宝石のような本になったらいいなぁと思っております。


詳細は追ってご連絡いたします。

引き続き本作をよろしくお願い申し上げます。


作者より

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